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「俺、死のうと思う」
特に理由はない。
ただこのまま生きていても意味を見出せないと悟っただけだ。
「そっか」
電話越し、静かにそう返した彼女に俺は半分呆れて、ふっと笑う。
「何か言うことはねぇのかよ、ちょっと冷たくね」
「あなたの命だもの。私がどうこう言う資格はないし、自殺をとめてその先のあなたの人生を全部背負う義理もない」
そのどこまでも、清々しいくらいにサバサバした彼女の態度は相変わらずだ。
スマホで彼女との思い出の写真をスクロールしながら、俺はいつもの告白をしてみる。
「お前のそういうところ大好きだ」
「あら、私もあなたのそういうところが大好きよ」
「どこだよw」
「へんな趣味してるところ」
「自分で言ってて悲しくならないか?」
「あら、実際私が好きだっていう人間はあなたくらいよ」
「違いないや」
俺はビルの屋上で冷え込んだ空気を肺に取り込んだ。
キンと氷のように肺を侵食してきたその空気は自然と心臓を早く波打たせる。
「じゃあ――そろそろ行くわ」
俺は覚悟を決めてビルの屋上へと歩を進める。
「えぇ、天国があったらすぐに会いましょう」
「あぁそうだな……ってすぐ?」
家を出たのか電話から車の音が聞こえてくる。
「あなたが死んだら、私もあなたの後を追うわ」
「は?なんで?」
俺が呆けた声を出せば彼女はいたずらっ子のように声を抑えながらクスクスと笑った。
「私も死にたくなったから。さっきあなたが言ったことじゃない」
「なんで、いやそれってほぼ告白じゃないか?で、でも……それはダメだ!」
「あらどうして?私の命だもの。どう使うかは私の自由よ」
ニヤニヤと笑っている彼女の顔が頭に浮かぶ。
俺があわあわと言葉が言葉にならないのを彼女はしばらく黙って聞いている。
「ずるくないか、お前」
「なにが?」
やっと整理がつき、言葉になった言語を彼女に伝えられる。
「そんなこと言ったら俺が死ねないこと分かっていってるだろ」
「だったらどうなの?」
「確信犯か」
「使い方間違ってるわよ」
いつのまにやら電話越しに聞こえる音は人々の喧騒が混じりだしていた。
「手頃なビルはないかしらね~」
「お前のそういうところ嫌いだ」
「あら、友達の死を止めようとしてる天使みたいな人間になんて暴言」
「悪魔の間違いだろ」
「否定はしないわ」
俺ははぁーっと大きなため息をついて、飛び降りようとしていた方向とは逆のビル側に体を倒した。
「あー分かった!わかったよ!自殺はやめる!」
罪悪感に負けて、やけくそで俺の大事な決心を折る言葉が口から飛び出した。
この一言で俺の小さな決心は終わりを迎えると思っていた。
「あら、じゃあ天国で会えるのはもうちょっとあとね。先行ってるわ」
「は?」
どこかのビルに入ったのか、街の喧騒は電話から聞こえなくなっていた。
「お前、俺が死ぬから死ぬんじゃなかったのか?」
「いつそんなこと言ったの?死にたくなった。それだけよ」
「はぁ?おいちょっと……」
「エレベーターってこんなに長かったっけ、胸がドキドキする」
「おい!」
俺の話を聞かずに彼女はズンズンと自分の死に場所へと向かっているようだった。
「じゃああなた、私の人生を全部背負える?」
ふと彼女がそう聞いてくる。
俺はその言葉に押し黙った。
さっきまで死のうとしていた人間にそんな気概あるわけない。
「無理だ」
「じゃああなたに私を引き留める権利はないわね」
「う……」
頭がさっき死のうとしていた何千倍の早さで思考を回す。
ぐるぐると回る彼女との思い出を必死にかき分けていた時ふと、彼女にかけるべき言葉が口から零れ落ちた。
「じゃあ、お前が死んだら俺も後を追ってやる」
電話越しにまた彼女がクスリと笑った。
「あら、真似っこ?」
「本気だぞ?」
「その根拠は?」
「俺が生きようとしたのはお前が死ぬからだ。お前が死んだ後に俺がこの世界に生きている理由ない」
「告白?ずるくない?」
「さっきお前もおんなじことしたくせに」
「私はいいの。ずるいは女の子の特権だもの」
「言ってろ、でお前はこれでも死ぬのか?死なないのか?」
俺がそう言えばガチャリとビルの屋上のノブが回って、電話を片手に持った彼女が現れる。
「それじゃあ死ねないね」
電話を耳元から離して、白い息を吐きながら彼女は俺にそう言った。
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