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きらりと輝く私に向けられた刃先、顔にすっぽりかぶられた覆面フード。
いかにもな服装に私は震えながら、マニュアル通りにいつもの営業スマイルで声を張った。
「いらっしゃいませ!袋はどうします――」
「強盗だぞ!金目のものを出せ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ強盗です!」
やっぱ無理でした店長。
「ひぃぃぃぃ!すみません!ここ前炎上したコンビニなんで、お客さん来なくて本当にお金がないです!唐揚げ大盛りでゆるしてくれませんか!?」
私が涙目になりながら、コンビニの人気商品である「からあげちゃん」を強盗さんの前に盛っていきました。しかしお気に召さなかったのか、イラついたように強盗さんは包丁をカウンターにすごい勢いで突き立てたのです。
「そんなんじゃ足りねぇよ‼――じゃあ鈴宮かおるを出せ!」
「唐揚げじゃだめですよね、じゃあゴロチキ大盛りでどうですか‼私の命より重いですよ――って私?」
田舎の父ちゃんと母ちゃん、私いつから金目のものと並ぶようになったんですか?
「お前か、じゃあ一緒に来い」
私があっけにとられているうちに私はカウンターから引っ張り出されて、そのまま手を引かれました。
一応抵抗代わりの防犯ボタンを押しましたが、故障していたのか鳴ってくれないです。
店長!どうしてメンテしておいてくれなかったんですか⁉
頭の中で気まずそうな顔をして、頬をかいている店長にひとしきり悪態をついたあと、物足りなく感じたのでわき腹をつんつんしてやりました。
強盗さんは私の手首を掴んだまま、コンビニの外に出ました。
今日は曇りなのでしょうか、いつもよりも太陽が痛くないです。
それに今は夏のはずなのにどこか涼しい。
あぁ、今こんなこと考えている場合じゃないのに。
人って想定外すぎることが起きると考えるべきことを放棄して必死に現実逃避するものなんですね、今学びました。
心臓さんがバクバク波打つ中、半分強盗さんに引きずられている状態で私は今誰もいないコンビニに思いを馳せました。
また新しい強盗さんが来たらどうしましょう?
ただでさえ赤字なのに、店長のご飯がもっと貧相になっちゃいます。
――どれだけ歩いたのでしょうか、私のノミの心臓さんを看護すること小一時間、突然強盗さんが立ち止まりました。
視線を上げれば、日の光が目に飛び込んできました。
赤く燃える夕日、立派で大きな川の向こう岸に見えるたくさんの見事な彼岸花、そしてその河川敷の先に見えるコンビニ。
あれ?私一時間くらい歩いていたはずなのに戻ってきたんですか?
強盗さんの表情は覆面フードを被っているので見えなかったですが
「どうして戻ってきてる?」
って言ってたのでこの強盗さん、きっと私よりも頭が残念な人なんです。
さっきも突き立てた包丁が抜けなくてもたついてましたし。
笑おうとしたら、抜いた包丁を顔に突き立てられました。理不尽です。
「もしかして、迷いました?」
「迷っているわけないだろう⁉お前が悪い!」
「えー」
この人、人のせいにしました。最低です。あ、強盗してる時点で最低な人でしたね。
「お前の世界にはコンビニしかないのか!」
「私ダブルワークなんてしてる暇ないですよ!当たり前です!」
すると強盗さん頭を抱えちゃいました。何かいけないこと言いましたかね?
しかも私の手を掴んだまま河川敷に座りだしましたよ?逆に疲れませんかね?
「仕事からどうして離れない」
「どうしてって」
唐突な質問です。
そんなこと考えたこともなかったです。
責任とか、やりがいとか。
そんなものは存在しない仕事でしたし、嫌でしかたないと思うのが普通かもしれないですけど。
「あれが私の人生だからです」
「人生?あんな変哲のない仕事がか?」
「代り映えのしない仕事ではありましたが、あれは確かに私の人生でしたよ。いえ変哲がないからこそでしょう、私の代わりはたくさんいます。でもあぁしていることで誰かが私の代わりになんの変哲もない仕事をしないで済む。私はあの場所にいることで努力家さんたちや天才たちを支えていたんです。だから私はあの仕事に誇りを持っていました。たとえ誰もが不幸だと言っても」
その言葉に偽りはないと語るように彼女の目はまっすぐと今まで歩いてきた道を見つめていた。
「霊体番号112050、鈴宮かおる。死因、自殺。勤務していたコンビニで「日中に外に出るな!」「レジから動くな!」などの店長からの暴言が露呈し、炎上したことによって、地域住民による訴えや運動により勤めていたコンビニが破産。その数日後、住んでいた激安マンションで彼女は息絶えていた。まだ死後数日であるため、死体も発見されていない」
それだけ読み上げれば、彼女は静かに向こう岸を見つめた。
「私、死んだのですね。なんにも為せないまま」
すると彼女は突然立ち上がった。
朝日が昇ってきて、彼女の体が少しずつ透けていく。
「私、満足です!」
彼女は朝日にも負けない眩しさで笑い、強盗が一度瞬きをすれば彼女は彼の前から消えていた。
「後腐れのない、いい女性だな。嫌いじゃない」
ちゃぷん――ちゃぷん――
川の水が揺れて波紋になり、向こう岸まで続いていく。
彼は覆面を取り、パチンと指を鳴らせば大きな鎌が彼の手の上にでてきた。
「それにしても……きれいな人だったな」
白い髪と紅葉色の目。いわゆる人間のアルビノというやつだろう。
「人間のアルビノって確か太陽が当たるだけで、肌をやけどしたり、弱視だったりするんだったけか」
ふと彼女にパワハラしたという店長を思い出した。
そしてもう一度、問題になっていた動画をスマホで見てみる。
「胸糞悪いもんをみた」
確かに言っていることはあっている。だがそこに込められた思いまでは反映できないのがこの機械の欠点だ。
「気持ち悪い」
そう言って彼はスマホを川に投げ入れて、グッと伸びをした。
「炎上、炎上。自分が世界の中心と思って正義の押し付け合い。よく相手を見ないで列を乱せば殺される。本当に優しい世界だ」
彼がもう一度パチンと指を鳴らせば彼はその場から消えていた。
川に沈んでいくスマホには、さっき怒鳴っていた男性と、彼の陰に入ってピースする彼女の姿が写っていた。
きっと彼女が死んだ理由なんて誰も知ることがない事実だろう。いいや、いらない事実だ。
いつだって多数派が正しいこの世界には。
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