おかえり

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当時の施設での生活はあまり覚えてないけど決して悪いものじゃなかったと思う。 ちゃんとご飯は食べれるし、毎日一人じゃなくなったから。 でも、ずっと一緒に居たい職員さんは交代で入れ替わるし、同じ境遇の子がたくさんいるから独り占めも出来ず、職員さんが帰って行く後ろ姿に置いていかれるような感覚がいつもして私の不安を煽った。 だから、いつも職員さんの後を付いて回って「帰らないで」と泣いて困らせていた日々が続いたある日、何回か施設で顔を合わせていた「小森」という夫婦に私は引き取られることになった。 初めは慣れない家や周りに不安で泣きじゃくり、時には小森夫婦を試すかのように嘘をついたりイタズラもした。 でも、どんなに困らせることをしても小森夫婦は私を見捨てることなく、根気強く、いつも優しく包み込んで温かい愛情を注いでくれたことで、最初は上手く話せずに心を開かなかった私も小森夫婦のおかげで少しずつ安心して話せるようになった。 私が「お母さん」と呼べば笑って頭を撫でてくれ、「お父さん」と呼んぶと抱きしめてくれる。 「沙和ちゃんが来てくれて本当に嬉しい」 目を細めそう言ってくれて、「綺麗な目」と褒めて頭を撫でてくれる。 それが嬉しくて、私は必死に二人を手放さないようにしていた気がする。 夕陽に染まる庭。 お母さんが水撒きをする横でお手伝いをしてからお花を一緒に見るのが日課になっていた。 「お母さん、お庭いい匂いがするね?」 「そうね、いい匂い」 「あのね、ここのお花から甘い匂いがしたよ?」 「どれ?あぁ、これね。これは葛っていうのよ。秋の訪れを感じるいい香りね」 「くず?お母さんの好きな匂い?そっかー、この匂いは秋なんだね!」 「……えぇ。そうね、大好きよ」 お母さんが優しく笑って私を見てくれる そんな時間がとても好きだった。 だからなのか、この季節になるといつもあの光景を思い出す。 ゆらゆら揺れる紫色の花。 甘い蜜の香り。 私の手を引いて、にっこりと笑うその笑顔。 大好きなお母さん。 「ねぇ、お母さん」 「なぁに?」 「また、一緒にお庭を散歩してくれる?」 「……えぇ。もちろんよ」 お庭で二人手を繋いで歩く温かい手。 ずっと一緒にいたいと思っていた。 でも……。
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