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ずっと連絡もしなかった私をお母さんたちはどう思ってるのだろう。
電話でも手紙でも連絡はいくらでも出来たはずなのに、それをしなかったのは成長して自立した私を見せたかったのと、あの頃みたいにまた受け入れてくれるのか不安だったから。
衝動的に来たものの、どんな顔をして会えばいいのか、何を話せばいいのか、答えが出ないまま時間だけが過ぎていき、なかなかインターホンが押せずに今に至る。
「ふぅ……」
ずっとこのままでいるわけにもいかない。
大きく息を吐いてから意を決し、震える指でインターホンのボタンを押した。
ピンポーンと家の中に響く音に思わず息を飲む。
「はーい」
「あ、あの……」
間延びした女の人の声に、言葉が喉につっかえるような感覚がして上手く声が出てこない。
「……もしかして、沙和ちゃん?」
「っ!?」
名前を呼ばれて、思わず息を呑んむとバタバタと家の中から足音が聞こえて玄関の扉が勢いよく開いた。
「やっぱり!沙和ちゃんね!」
私を見るなり驚いた顔をした後、すぐにいつもの優しい笑顔を向けて言う。
久しぶりに見る姿は記憶の中のものよりも少し老けていたけど、優しく微笑む顔はあの頃のままだった。
あの頃と変わらない優しい笑顔に少しだけ安心した自分がいた。
「……お久しぶりです」
「沙和ちゃん、久しぶりね。元気だった?」
「……はい」
「そう!良かったわ。さぁ、中に入って?お茶入れるから」
促されるまま家の中に入ると懐かしい匂いがした。
あの頃と何も変わらない家。
でも、もう私の帰る場所じゃない。
そう思うと、胸が苦しくなった。
「沙和ちゃん?」
「っ!……ごめんなさい」
「謝ることなんて何もないのよ。さぁ、座って待ってて」
「……はい」
お台所に立つお母さんの後ろ姿は記憶の中のものと何も変わらなくて、それがまた余計に私の胸を締める。
「はい、どうぞ」とお母さんが淹れてくれた紅茶はとてもいい香りがしたけど、私はそれを飲む気にはなれなかった。
そんな私の様子を察してか、お母さんも何も言わずに自分の分の紅茶を口に含む。
そして、ゆっくりと息を吐いてから私を見た。
「……沙和ちゃん。大きくなったわねぇ。それに綺麗になって……見違えちゃったわ」
「……」
「でも、その目は変わらないね」
お母さんは私の瞳を真っ直ぐに見つめ微笑んだ後、キッチンの窓から見える庭に目を向けた。
「このお庭、沙和ちゃん好きだったでしょ?だから、お母さんとお父さん頑張って手入れしたの」
「……うん」
「覚えてる?お庭で一緒に散歩した日のこと」
「……。もちろん覚えてるよ」
忘れるはずがない。あの日の光景も、交わした言葉も全部覚えてる。
「ふふ、良かったわ。覚えてくれてて」
「お、お母さん、私ね……」
「……ねぇ、沙和ちゃん」
私の言葉を遮って、お母さんは優しい声で名前を呼んだ。
「まだ言ってなかったわね。おかえり」
「……っ!?」
その一言を聞いた瞬間、胸がいっぱいになって涙が溢れた。
「……うっ……た……だいま」
お母さんは優しく笑って私の手を握った。
その手の温もりが懐かしくて、また涙が溢れる。
そんな私を見て、お母さんは困ったように笑いながら言った。
「ここはずっと沙和ちゃんの家よ。もう泣かないの」と。
私は泣きながら何度も頷いた。
fine
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