山の数え方

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 私もアラサーになり、私と結婚したい男を前にしている。  デートで焼肉というのも品がなくて気に食わない。  それ以上に気に入らないのは彼の品のなさだ。 「ご飯、もう一個お代わりください」 「もう一個? ご飯の数え方は一膳、二膳、お代わりなら一杯、二杯⋯⋯」  私の注意を全く無視し、豚のように彼がお代わりした米飯を口に運び込む。  その下品さに吐き気がした。 「結婚は、やめにしよ⋯⋯」 「はぁ? 明日、結婚式なのに何言って! 冗談にも程があるぞ」  激怒した彼は私につかみかかる。  衝動的に暴力を振るおうとするなんて、先生とは全然違う。 「将来、教養もない上にガサツなあなたの子を産みたくないだけよ」  私は彼の顔にダイヤモンドの婚約指輪を投げつけ、その場を後にした。  無性に先生に会いたくなった。  先生は私の小学校時代の教師だ。  田舎にはいないような都会的な雰囲気を纏った魅力的な人だった。  まさに私の初恋。 「園山、山の数え方は分かるか?」 「一山、二山でしょうか?」 「一座、二座だ。まあ、山は数える事はできても、『園山』⋯⋯唯一無二の存在であるお前を数えることはできないな」 そう言って先生は小学生だった私の額に軽く口づけをした。 一瞬の出来事だけれど、温かく湿った感触に私の気持ちは昂った。  先生はある日、私に奥さんのことで悩んでいると告げて来た。  その翌日、先生の奥さんが行方不明になった。  何かを警察に疑われている先生を私は反射的に庇った。 「警察の人⋯⋯先生は、家に帰るのが怖いと泣きつく私の側に一晩中いてくれました」  全くの嘘だ。  でも、私は先生を庇わなくてはいけないと思っていた。  その後、先生から私の額にご褒美のキスを貰った。    私にとって先生以上に私を楽にしてくれる人はいなかった。  家に帰れば父親は私を殴り、母親は私の存在がないかのように無視をした。  殴るしか脳のない父を先生と比べては父を軽蔑していた。 「先生⋯⋯」  私は未だ9歳の時の初恋を忘れられない。  先生は田舎にはいないスマートさで私を夢中にさせ、私を頼りにしてくれた人だ。  私は気がつけば既に廃校になった母校にまで足を運んでいた。  先生との思い出に浸りたかった。  時を同じくして、私とは相容れなかった優等生だった森本マリが恍惚とした表情で呼吸の止まった校舎を見つめていた。 「一座、二座、あと一座なくなったら、奥様が見つかっちゃう。ふふっ」  その呟きに私は言いようもない迫り上がるような激情に駆られた。  
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