38.待ち望んだ一通 ***SIDEル・リボー伯爵

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38.待ち望んだ一通 ***SIDEル・リボー伯爵

 長い月日を耐えた。暴発しそうな民を宥め、私財を投じて公共工事を行う。堕落した一部の貴族は、砂の王に追従して甘い汁を楽しみ始めた。  本家が隣大陸にいることで、自分達の気が大きくなったのだろう。愚かなことだ。本当の王はあちらにいて、本家の監視も緩んでいないというのに。目はなく手が届かない? あの方達が、そんなに甘いはずあるまい。  考えなくてもわかることを忘れた獣を、我々は軽蔑の眼差しで記憶した。どんな振る舞いをして、何を蔑ろにしたか。ルフォルの国民は阿呆ではない。きちんと貴族の見極めをするだけの知識と教養がある。その基礎を築いたのは、数世代前の先祖だった。  読み書き、計算、歴史の知識、地図の読み方、気象の予測に至るまで。災害が起きた際の対応は、地元の民の方が優秀だ。予防措置を公共工事で行う貴族に、あれこれと確認して指摘するほど。  様々な知識を幼い頃から蓄える一族の王に、愚か者を据えて我慢する理由は……真の王が帰るまでの代理だから。それでも腹に据えかねる行いが続き、民は限界が近かった。 「伯爵様、もう無理ですよ」 「そうです。これ以上のさばらせたら国が崩壊してしまいます」  領地を管理する彼らの訴えに、ル・リボー伯爵として判断を下さなくてはならない。 「ル・ノートル本家に問い合わせる」  覚悟を決めて、そう口にしたのを待っていたように、連絡の魔法道具が飛び込む。渡り鳥の形をした魔法道具は、運んだ手紙を机に残して去った。屋敷の屋根裏にある指定場所に戻るのだろう。何らかのエネルギーを充填するらしく、いつもの動きだった。  見送って、大急ぎで手紙の封蝋を確認する。ル・ノートル伯爵閣下から一通、ル・フォール家の封蝋が付いた手紙が一通。最後に、赤いラインの入った手紙が一通だった。開く順番は決まっている。  緊急と重要さを示す赤いラインの手紙を手に取った。開いて、その中身を仲間の前に提示する。読み聞かせる必要はなかった。領地管理をする彼らは、読み書きに不自由しないのだから。無言で読み、もう一度頭から読み直し、ほっとした様子で頬を緩めた。 「ようやく……」 「長かったですね」  彼らの安堵の声に、掠れた声で相槌を打った。 「長かったな。動くぞ」  準備を進めろと口にする必要はない。にやりと笑った二人は、大急ぎで領地へ戻った。主要な貴族家に赤いラインが届いている。私から知らせる必要はなかった。 「レイラ、手伝ってくれ」 「はい……っ、赤ラインですか? すぐに準備いたします」  駆け込んだ妻は満面の笑みで出ていく。淑女らしくない所作で、スカートをつまんで走った。肩をすくめ、私は残りの手紙を開いた。まずはル・フォール大公閣下の手紙を……それから本家筋に当たるル・ノートル伯爵閣下の文面を。  さあ、この国の夜明けだ。暗く寒い夜が明ける報せに、民と手を取り合って華を添えるとしようか。
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