43.口寂しい出発前夜

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43.口寂しい出発前夜

 豚の丸焼きが落下して、炭で真っ黒になったり。焼き魚の腹から小さなタコが出てきたり。泣いたり笑ったり、大騒ぎしながら祭りのような夜は過ぎた。  夜が明けると、片付けが待っている。失敗話をあれこれ思い出しては笑い、留守番組の貴族が心配して涙ぐんだ。予定以上の時間をかけて、広場は元に戻された。綺麗になった広場の点検が終わると、明日の出発のため早めに解散する。  お父様は残る貴族達と酒を酌み交わすらしい。別れて帰宅すれば、お母様が待っていた。 「セレーヌ様のお誘いなのだけれど、シャルを借りていいかしら?」  お母様がレオに尋ね、彼は肩を竦めた。役者のように大袈裟に嘆くフリをする。明日から一緒にいられるのに、騒ぎが大きいのよ! 「あの方のお誘いとあれば、俺が譲るのは仕方ありませんが……寂しいので早く返してください、と」 「安心して頂戴。私もダニエルと過ごす予定だから、夜が更ける前に返すわ」  お母様、変なことを仰らないで! レオの部屋に返されたら、事件じゃないの。私はまだ未婚の令嬢なんですからね。船室だって別にしてもらっているのに、レオの寝室になんて帰りません。  そもそも「返す」だなんて、物みたいだわ。憤慨して抗議すると、二人は顔を見合わせて笑った。やだっ、からかわれたの? 「シャル、怒らないで」  ふふっと笑うお母様は、少女のように無邪気だ。きっと私達が失敗して逃げ帰ってくるなんて、思っていないのね。  二階の叔母様の部屋では、ユーグ叔父様が退室するところだった。優雅に礼をして去る姿は、すごく魅力的だわ。叔母様を一途に愛し続けた部分も評価できる。でも、あのレオが好きなのよね……私。やっぱり趣味が悪いんだと思うわ。  香りのいい葡萄酒を温め、酒精を飛ばしてスパイスで味付けする。人によっては、さらに紅茶で薄めるとか。それぞれに好みの味付けのワインを持ち、癖のあるチーズを摘みながら盛り上がった。互いの伴侶の話、本国の話、これからのこと。  話題は尽きることがない。それでも月が高く昇ると、お母様が終わりを告げた。 「お開きにしましょう」  ここでは別れの抱擁はしない。明日、港で挨拶して抱き合うから。今はいつもと同じように、日常の一場面として夜の挨拶を交わした。  部屋を出ると、ユーグ叔父様がいた。 「ユーグ叔父様、セレーヌ叔母様を頼みますね」 「もちろんです。危なくなったら攫って逃げますよ、今度こそ」  最後の念押しにほっとした。お母様と歩くも、途中でお父様と行き合う。迎えに来たのだと胸を張るお父様に「お酒臭いですよ」と文句を言いながら、お母様は嬉しそうに腕を絡めた。 「レオは気が利かないんだから」  文句を声に出した直後、ふわりと抱き上げられた。びっくりして身を捩るも、抱き直されてしまう。 「きゃっ!」 「シャル、俺だよ」 「っ! もっと普通に迎えに来なさいよ」  ごめんねと口先で謝るけれど、全然悪いと思っていない。そのまま部屋まで運ばれ、途中ですれ違った執事に笑顔で見送られた。公認なのはいいけれど、未婚女性として醜聞ではないかしら。  まあ、何もなく運んでもらっただけで終わったけれど。キスだけなら許してもいいのに、と残念に思ったなんて教えてあげない!
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