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「あれ?こっちか!?」
突然人影がこちらに向いた。さっきまで全く見向きもしなかったこちらに急に興味を抱き出した。
ズリッズリッと片足を引きずるようにこちらに近づいてくる。
ここに辿り着く前に、もう一人の埋められた男の横を通る。「ひぃー」という怯えた声がした。あまりの恐怖からか声が裏返り女性のようだった。今そんなことはどうだっていい。人影がこちらに近づいてくる。
「あれ?ここか?」
人影はその男の元に立ち止まった。かがみ込むように顔を覗き込む。恐怖からか声は聞こえないが、しきりに顔を左右に降っている。
「あっ、みっけ」
人影は手を伸ばし、埋められたもう一人の男の顔に手を伸ばした。ブチブチという音が聞こえ、その直後耳をつんざく悲鳴が聞こえた。大海原にも負けることない叫び声だった。
「これで全部集まった」
俺にはそう聞こえた。
早くどこかに行ってくれと願う。
しかしズリッズリッと足をずる音が近づいてきた。動かない体ではどうしようもない。ただ息を潜めることしか出来ない。目の前に人影がたどり着いた。息を大きく吸って止めた。その人影から臭うのか、すえたような臭いが脳髄を刺激した。それでも息を止める。
恐怖に押しつぶされそうで目を瞑った。
どれくらいそうしていたのだろうか。とはいえ、息を止めていられるのはそう長くはない。一分とかそのあたりだ。
ゆっくりと目を開ける。
なにもいなかった。
脳髄を刺激したすえた臭いは鼻の奥の方に残っていた。目の前にいる埋められたもう一人は、項垂れてピクリとも動かない。波の音だけが耳に届いていた。
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