ギルド依頼の仕事が八時間労働どころじゃ無い件について

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ギルド依頼の仕事が八時間労働どころじゃ無い件について

 人は生活をするために働いて賃金を得なければいけない。  それはわかっているし、お金という存在が人を自由にすることも知っている。  ただし、生きるために働いているのに時間を拘束される事で楽しく生きることを制限されるのは、全くの本末転倒では無いだろうか。  また、働いた分だけ正当に評価されて賃金が加算されるなら文句はないが、評価する側が雇う立場であり、その評価基準が明確のようで明確でない部分がある場合、上級認定が出来る大多数を中級に認定すれば払うべき賃金の上昇を押さえることも可能ではないかと邪推できる場合、そんな環境で必死で結果を出す事こそ無駄な努力だ。  よって私は勝手に能力認定して長時間労働の仕事ばかり振ってくるギルドと袂を分かち、現在はフリーなパートタイム魔女となっている。  自分で決めた働く時間は四時間まで。  時給二千五百バイツは私的には安いが、仕事が無い事も不安であるのでコンスタントに仕事が貰えるにはこのくらいが精々であろう。私に依頼するのが普通の村人だったりしたら、二千五百バイツは世界基準で小銀貨一枚、ちょっと良い夕食代ぐらいなもの。ありがとう、おごるよ、そんな感じで出せるんじゃない? そんな良心的な料金設定です。  とりあえず、私が食べていければ良いのだ。  そんな謙虚な私なのに、なぜかどこぞの王国の騎士団に囲まれて、なんと、剣を突きつけられている。ギルドが私のせいでぼったくりできなくなったって、刺客でも放ったってこと? 「これは何の冗談ですか?」  私にそのようなことをさせている大将は、私の真向かいに座っている。私は、わかってんのか? 魔法ぶっ放すぞ、と言う視線で相手を睨む。が、彼は悠然と笑い、いかにも余裕のある敵役ふうにして酒屋の木のテーブルに肘をついて、その組んだ両手の甲に顎を乗せる。  ああ、肘を払ってがくってさせてやりたい。  だって、私に向ける軟派な笑顔をむけるこの奴は、二十代にしか見えない若々しい外見の若造よ。  それなのに、白を基本とした近衛服に勲章をジャラジャラつけている。  その点で彼は隊長クラスであり、私が彼の肘を払おうとしないのは、私の背筋をぞっとさせる殺気を放てるぐらいの人物だからである。  アンティックゴールドに輝く髪に縁どられた輪郭は、秀でた額や真っ直ぐな形の良い鼻梁と彫りの深い素晴らしい瞳が収まっている。また肉体は、兵士にしてはごつごつしておらず、貴族的といえる美しい造形だ。  彼が冒険者となってギルドに行けば、ぜったいに、受付嬢が他には出さない実入りのいい仕事を彼にばかり差し出すだろう、そんなイケだ。  けれど、彼は外見だけじゃないと、なぜか私の危機察知本能が私に囁く。  きっと、理知的でかなりの頑固者であるかもしれないよ、と。  いや、すんごい馬鹿かもしれないし、その場合は面倒が相手が賢い場合よりも面倒そう。  目の前の男と男による私への包囲網は、私のギルド脱退が呼んだ面倒なのは違いないが、私は目の前の面倒がどのぐらいの面倒であるのか測りかねていた。  なにせ、目の前の近衛隊長様は私を口説きはじめたのだ。  おい。 「お願いだ。俺と一緒になってくれ。そうしたら君に三食昼寝付きを提供しよう。一日四時間、一時間二千五百バイツで自分を安売りするくらいなら、フォルモーサスの近衛連隊長である、この俺、ノーマン・アンティゴアの妻になってはどうだろうか。俺は兵隊だからすぐ死ぬだろう。俺の財産はみんな君のものだ!」 「私とあなたは初対面でしょう。それに、断ったら剣で殺すと脅す男と一緒になるはずないじゃない」  真っ黒のローブで顔半分ぐらい、それも、口元しか出していない私の顔も知らずに結婚を口にできる男の言葉を、私が信じるはずないであろう。パーティでも組んで、一か月くらいかけて冒険した場合ならまだしも、私達は顔を合わせたばかりである。  ただし、ノーマンの軽い口調の中に必死さが見え隠れしているように私が感じているのも事実だ。  彼の瞳は、一緒に旅をした仲間だった誰かの、純粋だった頃を思い出すような瞳でもあるのだ。勇者とか勇者とか、勇者とか!!  でも、うん、彼は私の知っている勇者とも違うし、彼自身規格外の人かも。  だってノーマンの瞳は、虹彩が虹のようにも見える不思議な色合いで、美しいだけでなく、くだらない結婚話をしながらも私を馬鹿にしている色が見えないのだ。 「君の唇はとても美しい。俺は唇フェチなんだ」  私は一瞬前の自分の彼への評価を再評価せねばならなくなった。  奴はやっぱり馬鹿だ。  けれど、どうしよう。  実は私も自分の唇の形は自慢の一つ。  上唇は品良い山形のラインを作っており、下唇は少々だけぽてっとしている。だけど私の唇は決してアヒル口ではなくって、そう、キスをしたくなる可愛い唇って感じなのだ。たぶん、生きてきた今までで、私とキスしたいって言ってくれた人がいたんだから、たぶん。  だから、ノーマンが唇フェチであるのが本当ならば、彼が私の唇に惹かれるのは当たり前であり、うん、私に惹かれたのは仕方がないと彼を認めよう。 「ねえ、結婚して。俺の舎弟達は俺の幸せの為には血みどろになっても俺の為にひと肌もふた肌も脱ぐつもりだ。彼らの心意気を無に出来るよう、俺に応えてくれないか? 君こそ余計な戦闘は嫌でしょう」 「そうね。あなたの舎弟達がこの大魔女リガティア・エレメンタインを剣でどうにか出来ると考える程度の戦士でしか無いのならば、酒場の隅で血まみれで転がる未来を迎えても仕方が無いわね」  私の言葉に反応し、私に剣を向ける男達の殺気が一様に高まる。  そこで私は口だけでは無いと知らしめるため、一瞬にして彼等の剣を全て赤さびのボロボロへと変えた。 「うわ!」 「なんだ!」 「俺の剣が!」  驚きに男達は次々と剣を床に落とし、石の床に落ちた剣は次々と砕ける。 「いいこと? 私はエレメンタイン。四大元素の全てを操れる魔女です。そして、長時間労働何て今更にしたくないの」 「だから、俺の妻として!」 「奥さんって三百六十五日休みがない職業って言うじゃない、嫌よ」  私はこの場から瞬間移動しようとしたが、なんとノーマンによって私の行く手が遮られた。  魔法じゃない。  なんと、彼は私に土下座したのだ。 「頼む! 恋人からでもいいから、俺とクロードリアへ行ってくれ!」 「どうしてクロ―ドリア限定なのよ! それから、普通は友達から、でしょう!」
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