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不埒な男
あんなに私に煩かったノーマンなのに、彼は無言のまま馬を進める。
そのせいか私達の目的地はぐんぐんと近づいて来た。
最初は灰色のたなびく煙を持つ薪に見えたものが、近づくにつ入れて古めかしいが豪奢な石造り建物の全貌を露わにした。
ノーマン達が敷地内に馬を入れても、彼らを誰何する兵も何もいない。
修道女たちさえもいないとは。
う~ん、思いっきり大き目のメテオを落としたからなあ。
ノーマンは修道院の中庭にまで馬を入れると、姫君が捕らわれているだろう棟に辺りを付ける様にかぐるりと見回す。そして、目的の場所が無傷であることにホッとした様に溜息を吐く。
そうか。
アシッドの昔話でノーマンは私のメテオで姫が潰されたかもと不安になったのね、だから無口だったんだ。
失礼な。
私を誰だと思っているの。
世界が最強勇者と認めた彼に、戦いを挑みたくない破壊の魔女、と嬉しくもない賞賛を貰ったぐらいだっていうのに。
「危険があればここからネフェルトを連れて逃げてください。愛するネフェルトが死んだら俺が死んでしまいますので頼みますよ」
え?
ノーマンが馬から飛び降りたことで物思いに冷めた私は、ノーマンの口上によってさらに頭がはっきりしていた。がーんと、頭を殴られたぐらい。
彼は私に彼の大事な馬の手綱を手渡しながら、私を頼りにしているからお願い、と私に愛馬を託したのだ。
確かに、危険だから逃げろ、だけでは大魔法使いを自負する私が素直に従うはずもない。けれど、ノーマンのこの言い方ならば、私は機嫌よく「逃げろ」を引き受けよう。
ノーマンは私がどう言えば喜ぶかすぐに学ぶようだ。
気分が良くなった私は、どうやら本気で私を信奉しているらしい男におもねるような台詞を吐いていた。
「私は方向音痴なの。私とネフェルトの無事を考えるのならば、あなたが戻って手綱を握って下さいな」
「ええ。もちろんですよ。あなたの元に戻ってきます。ああ、あなたを守るために俺はここに戻ってきます。命を賭けて、ええ、俺はあなたを守ります」
ノーマンは私が聞きたくない言葉を口にすると、そのまま私のローブの裾を引っ張り、なんと、初めて騎士らしい行為をしたのである。
つまり、ローブの裾にキスをしたのだ。
私は反射的に彼を蹴とばしていた。
当たり前だが、尻餅をついているノーマンは茫然とした顔だ。
いや、ひどく傷ついている顔だと言ってもよい。
「エレメンタインさま」
「あやまりませんよ! わたくしに命を賭けるなんて言った阿呆は、いつだって誰だって蹴ってやります。私の盾になろうとするのはやめてください! 私は、ええ、私は友人となった人が死ぬ姿を見るのはもう嫌なんです! その死が自分のせいだと後悔するのは、もう私には重くて無理なんです」
ノーマンはゆっくりと立ち上がると、グイっとその長身を私へと突き出した。
私は怒ったような彼が何をするのかと息をのんだが、彼は私を馬から落ちる程に引き寄せた上に、なんと、私に口づけて来たのだ。
彼が私から顔を離した後は、私は馬から落ちないようにしているのがやっとの状態である。悔しい事に私のローブのフードもノーマンに下ろされてしまっていて、私自身の姿が露わにもされているのだ。
嵐のような激しい初めてのキスに翻弄されて、息も荒く、頬だって真っ赤に染まっているしどけない姿だ。
ノーマンは私をそんな風にしたくせに、勝利感も何も無い顔をしていた。
怒ってもいない。
私と同じように嵐にもまれた様な顔をしているのである。
いや、熱に浮かされたような顔か?
「ああ、夢みたいだ。ああ、夢よりもいい。あなたのように、ええ、情熱に従って行動するのは素晴らしい。ああ、死にませんよ。俺はもっと色々なことをあなたにしたい。あなたを知らずに死ぬのはもったいないじゃないか!」
最後には狂気に満ちたようにも思えるうわ言を叫ぶと、彼は本来の仕事をするために走り去って行った。
ええ?
でもって取り残された私は、数年ぶりにパーティを組んでしまった相手に対して、初めてともいえる思いを口にしてしまっていた。
「しばらく帰って来ないで」
だって、ノーマンが戻って来たら、どんな色々な事を私にするつもりなのか。
まだ、恋人にもなってない間柄でしょうに、何よ、あのキスは!
だけど、恐怖も嫌悪感もノーマンに抱かないのはどうしてなの?
意地悪するとすねる彼が捨て犬みたいで面白いと、私はあの日に拾った野良犬に感じたようにノーマンに情を持ってしまったのかしら?
そうよ、犬に顔を舐められるってよくあるし。
そうよね?
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