魔女は遠見できるもの

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魔女は遠見できるもの

「あ、サポートしなきゃ!!」  私はパーティから取り残されていようが、できる事をしなければいけない。  ノーマンは私を大魔法使いと認識しているようであるが、パーティを組んだ魔女を後方に置いておくだけとは、かなりの認識違いである。  魔術師などを安全な後方に置くのは当たり前だが、置いただけで活用しないとはどういうことだ? 後方に置くだけで満足ならば、猫のぬいぐるみでも置いておけば良いのである。  ノーマンが消えて数分後にやるべきことを思い出した私が、後方の魔法使いには支援魔法を使役させるべきだよ、なんて言うべきではないけれども。 「さあ、やるぞ」  私がこれからすることは、ノーマン達の安全を確保する事であるがノーマン達に補助魔法をかける事ではない。  補助魔法はあの白き魔女の得意分野で、私の得意とするものでは無い。  魔法使いには様々な得意分野があり、私は物理的攻撃に特化している。  よって、私がこれから行うのは、この修道院内にいるはずの魔法使いの無力化である。おそらく、精神攻撃こその魔法使いがいるはずだ。  精神攻撃魔法使いは、私の大嫌いなタイプだ。  幻影幻覚は初歩の初歩だが、その幻覚が自分の皮膚から虫がはい出てきたり、戦わなければいけない敵の顔が全て家族の顔だったりというものであると、戦いが終わった後も術を受けた者の心が壊れたまま苦しむ事になるのだ。  私達は人ならざる力を持つからこそ、魔法を持たない人に対して攻撃してしまった魔法がどれだけ後に残らないで無力化できるかを考えていくべきなのだ。  メテオは家を壊すけど、心はきっと壊れない!!  私は精神統一をすると、私の意識を小さなテントウムシ達に変える。  テントウムシ達小さな羽を振るわせて飛び上ると、ノーマン達の後を追う。  さて、私がメテオを落としに選んだ場所は、修道院でも人が居ないだろう場所だ。落とすからには建物を破壊しなければ落とした意味がないが、私には罪のない修道女達をメテオでひき肉にする趣味など無い。  そこで私は遠見の法を使いながら、修道女達が誰もいない場所を探して落すなんて心づくしの匠の技を見せたのだ。  素晴らしき私の能力は死亡者重傷者など一人も出さずに済んだだけでなく、脅えた修道女達を礼拝堂に詰め込むという一石二鳥の効果も生んだ。  これで戦闘の邪魔になることもないだろう。  あとは、女子修道院に本来いるはずのない兵士という異物の除去だ。  彼らは外で大暴れしていたノーマン達に人質を取り返されないようにと、幾重にも、いや、逃げ出す算段で馬車の用意をしている?    まあ!すごい!  私が兵士達を見つけた瞬間に、ディーナとアシッドが飛び出し、馬車を囲む兵士を倒したのだ。彼らは敵兵の動きを最初から読んでいたから、院内に入ることなく兵士達が用意した馬車の方へと向かったのか。  ではーマンはと視界を切り替えれば、彼はドゥーシャと一緒に敵を蹴散らかしながら修道院の長い廊下を走っている。  ぶああああん。  扉が弾け、巨大な女性の首がそこから飛び出した。  だが、ノーマンもドゥーシャも止まらない。  それどころか、ノーマンは、なんと、その幻影に無防備なまでに突っ込んで切り込んだ。 「素晴らしい! でも、どうして彼はあれが幻影だってわかったの?」  聞こえないはずの私の呟きの答えを私に与えたのは、ノーマン自身だ。 「ありえないものは、ありえない! 君の講義は素晴らしいよ!」 「ありがとうございます。隊長。ただし、幻影の中に本当の危険を隠す事もあるので気を付けて!」  ドゥーシャは外見だけでなく、本当に宰相と呼んでよい人物だったらしい。  私はノーマンとドゥーシャの進む姿を追いながら、彼等の対照的な動きに驚きながらも見惚れていた。  不思議なのが、ノーマンの方が力自慢な戦い方なのに対して、ドゥーシャの剣が剣舞のように美しく流れるような素晴らしいものなのである。  再びの幻術が彼等を襲う。  今度は、ああいやだ、赤ん坊がハイハイしているじゃないか。  それも、廊下を覆いつくすくらいに。  一歩踏み出せば赤ん坊を潰してしまうくらいにぎっしりと。  ノーマンとドゥーシャの足はそこで止まり、私は自分の唇に指で触れるとノーマンの唇を思い浮かべた。  私を翻弄したあの唇は、なんと柔らかいものだったのか。  ああもう、私ったら。  それは違うでしょう、純粋にあの唇だけを思い浮かべるのよ!  私の口は魔法の詠唱を唱え始め、ノーマンの唇も私の唱える魔法の詠唱をその口で唱えだした。  私の詠唱は出来る限り短くしている。  術者が私の魔法に気が付いて対抗の魔法を唱えるには遅すぎた。  ハハハ!  もう既にノーマンの身体から発光球が五つ飛び出しているのだ。  飛んで行った発光球はぎゅうーんと廊下を飛んでいき、廊下のとある一角に集中して小爆発を起こした! 「きゃあ!」  赤ん坊の幻影は消えて、後に残るは私の攻撃を受けた魔法使いだけだ。 「うわ! 俺にはできません! ティア! あの子を眠らせて!」  ノーマンとドゥーシャの目の前に姿を現したのは、まだ十代になったばかりの少女の姿をした六十代の女性であった。  私は真実を告げるよりもノーマンの頼みを叶える事にした。  私がいくつなのか尋ねられたら事である。  齢五百歳だと囁かれている私であるが、実は生まれてまだ二十年にも達していない十九歳とは誰にも内緒である。  早熟な人間はどこにでもいるものであり、六歳でも七歳でも、能力の高い魔女は沢山いるのだ。  けれど、子供では魔女の仕事など回って来ないどころか、気味の悪い魔族の子供だと言いがかりをつけられて殺されることだってある。  大人の姿にカモフラージュしてどこが悪い。  まあ、そのせいで親友が死んだのはお前のせいだと罵られ、二度と俺に顔を見せるなと初恋の人に拒絶されてしまったのだけど。  彼は姫様とよろしくやっている。  私は一人でも楽しくやっている。  そうね、今日こそあなたを思い切りましょう。  だって私には、私に色々したいという男が現れたのだから。  たったキス一つでノーマンに傾いていいかもと考えている私は情けないが、たった二時間、いや、三時間でノーマンが特別に感じるようになったのだからいいだろう。  あんなにも私を求めてくれる男性は初めてなのだ。  いいえ、拾ってあげたい野良犬に見える彼をもう少し知りたいの。 「姫様! 大丈夫ですか! ノーマンです! ノーマン・アンティゴアです!」  魔女を倒した廊下の先にあった扉にノーマンは飛び込んでおり、中に捕らわれていた美しき姫君は自分を助けに来た近衛騎士に抱きついていた。 「ああ! あなたが来てくれると信じていました! わたくしはあなたと結婚できると騙されてここに連れて来られたのです!」 「姫様、安心してください。お国に無事にお返しします」 「ああ! ノーマン!」  彼は姫君を抱き上げると、ドゥーシャをしんがりにして、仲間が確保して待つ馬車へ姫君を乗せ上げるために駆け出した。  私はクエストが終了したと自分に認めた。  そうね、正気に戻す時にキスする時だってある。  とっても上手なキスができる人の理由なんて、キスなんて挨拶程度だって誰にでもたくさんしている人だからよ、きっと。
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