さあ、大魔女リガティアのイリュージョンをとくとご覧あれ

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さあ、大魔女リガティアのイリュージョンをとくとご覧あれ

 姫様を乗せた馬車は中立都市であるシュクデンを目指して出来うる限りのスピードを出していたが、馬車を止めようと障害物となる兵士の数はどんどんと増えていた。  私はノーマンの腕の中ではなく、姫君と一緒に馬車に乗せられて、姫君には感謝とねぎらいの言葉を煩いと叫びたくなるほどに延々と受ける事となっている。  金色に流れるシルクのような光沢のある美しい髪に、新緑色の美しい瞳を持つ女神のような美しい女性は、外見が素晴らしいからか他者の状況を顧みようとはしない人であった。  彼女の物言いや振る舞いは、かって勇者だったあの男の妻にも似ていた。  私はそこであいつも苦労しているかもなと少々溜飲が下がってもいたが、目の前の姫君が煩くて癇に障るのは我慢できなかった。 「お静かに! 魔法の詠唱ができません」 「まあ、ごめんあそばせ。あの大魔法使いのシュメラーゼル様は歌うように詠唱をなさっていたから、あなたが詠唱をしているとは思いませんでした」 「あら、今は逃亡中ですのよ。戦える者は自分の出来うる限りのことをするべきですの」  私は詠唱などしていなかったが、姫君のおしゃべりを止める事には成功した。  そして、シュメラーゼルですって?  奴がアシッドの仲間を殺した魔法使いだとするならば、それはとっても納得の出来る事である。  彼は自分の外見が素晴らしい事を利用して、自分を大物と相手に思い込ませることに関しては最高の腕を持っているのだ。  そして、私に敗れた腹いせに、私は彼に散々に遊ばれて捨てられたという噂を彼によって流されている。  私がローブで自分の姿を隠すのは、彼に振られた醜い自分の姿を隠すため。  お前に出会う前からローブで姿を隠していましたって! 「あ」 「どうなさったの? 敵に囲まれたの? 私はまた閉じ込められるの?」  ヒステリックな甲高い声に、もう一度、煩いと言ってやりたい。  この状況を生んだのはあなたであり、あなたのせいであなたの侍女の一人は監禁中に受けた怪我と熱でうんうんと今も唸っているじゃ無いの、と。  こんな元気な姫がノーマンに抱えられて、怪我のある高熱の彼女が頑張って馬車まで走っていたなんて。ノーマンこそ熱に浮かされすぎだと、私は彼を殴ってやりたいくらいだ。  いや、あとで、殴ってやろう。  楽しみにしていろ、ノーマン! 「ああ! ここにシュメラーゼル様がいらしたら。あら、ごめんあそばせね。あら、シュメラーゼル様がエレメンタインという魔女に酷い事をしてしまったと落ち込んでいらしたけれど、まあ、それはあなただったの?」 「そんなわけないでしょう!」  私はノーマンが私から顔を背けた理由に気が付いた。  彼はアシッドが口にした大魔法使いがシュメラーゼルだと知っていただろうし、知っているって事は私とシュメラーゼルの噂も知っているって事だ。  ノーマンから受けた激しいキス。  色々したいという言葉。  既に別の男によって色々されていると彼は考えたのかもしれない。  それで、気安い行為ができた、と。  男に振られてそれを引きずっている女ならば、結婚や恋をちらつかせれば何でも従うと考えていた?  そこまで考えて、私は世界を破壊できそうなほどにイライラが募ってしまった。  ノーマンは私を馬車に乗せる時に、あとでと、私の耳に囁いたのだ。  後で、何をするつもり?  まだ何もできない純潔のままの姫君の代りにするつもり?  私の怒りの発露のように、ガキインと外で大きな金属の軋む音が聞こえた。 「きゃあああああ!」  小五月蠅い姫の悲鳴と共に馬車はがくりと傾いて止まり、馬車の車輪に金属製の銛か何かが差し込まれたのであろうと想像した。  馬車の扉はバタンと開き、焦った顔のノーマンが私達に叫んだ。 「お怪我はありませんか! 馬車は捨てます。俺達の馬に乗って下さい」 「まあ! ノーマン。わたくしは無事です。ご心配なさらないで! あなたの馬に乗れるなんて、ええ、ええ! 願っても無い事ですわ」  おっとりしている話し方であるが、瞬間移動でもしたかのように金色のお姫様は既にノーマンの首に両腕を掛けてぶら下っている。すごい。そんな茶番を目の前にしている私は、本気でくだらないと大きく溜息を吐き出した。  なぜ私が魔法を使って全員をシュクデンにリターンさせないのか。  お花畑の頭のお姫様、ペネローペ・フォルモーサスがそれを許さないのだ。 「苦難を乗り越えることこそ、皆に迷惑をかけたわたくしが背負う咎ですわ」  その咎を彼女を守る兵士の誰かに負わせてどうするのかと、あなたの侍女だって死にそうなほどに具合が悪いのだぞと、彼女と直接の主従関係にはない私が思わず口にしたが、彼女は鋼鉄の精神を持っていた。 「わたくしはその咎も一生心に背負いましょう」  ノーマンはそんな姫に何も言わずに姫の言う通りに戦地を駆け抜ける事に決め、うんざりした私はあと四十五分で消えてしまおうと心に決めている。  あら、あと三十五分ね。 「姫、私の馬ではあなたの評判に傷がつきます。あなたはビラーニャの馬にお乗りください。エレメンタイン様、あなたは私の――」  うわ、ノーマンの差し出した言葉に姫は彼には頷いたが、私に振り向いた顔には私を縛り首にしますと書き込んであった。 「いいえ、わたくしは誰の馬にも乗りたくはなくってよ。お姫様はあなたの馬が良いでしょう。姫君を助けた近衛隊長。それこそ今後の素晴らしき前振りになるじゃ無いの。姫君は二番目の姫。名をあげた自国の騎士を夫にするのならば、王家に対する国民の感情も良い風に盛り上がるのでは無くて?」 「君は!」  私は馬車の戸口で抱き合っている、いえ、一方的に姫様がぶら下っているだけの状態の二人を押しのけて車外に出た。それから、止まった馬車の為に、確実にこれから押し寄せる兵士達に苦戦することであるだろうフィールドを見回す。  アシッドやディーンはすぐに侍女を馬に乗せて走り去りたいと気がせいている顔をしており、ドゥーシャはちらほらと襲いかかってくる兵士を打ち倒していた。 「ティア! あなたは私の馬に乗って!」 「ありがとう、ディーナ。でも私は魔女なのよ。魔女には魔女のやり方があるの。アシッド、とくとご覧になって。本当の大魔法使いは味方を殺さない。敵兵に対してもよ! 魔法を持たない人達の戦意を喪失させても、積極的に殺す事はしない。そして、長ったらしい詠唱も必要ないのよ」  私は魔法使いらしく両腕を大きく広げた。  すると広大なフェールドには、大きな大きな魔法陣が浮き上がる。  描いた魔法陣はすぐに稼働し、呪文が書き込まれている一番外側の部分がぐるぐると回り出す。数秒しないで魔法陣は大きくて眩い光を発し、その光は天上の神を撃ち滅ぼす勢いで輝く。 クオオオオオオオオオン。  真っ暗になった夜空を照らし出す光は、空を舞う大きなエンシェントドラゴンを私達に見せつけていた。 「すごい! ドラゴンだ。俺は初めて見ました!!」 「まあ! 惚れ直しますわ! ティア!」 「ありがとう。さあ、皆様方、さっさと荷物を馬に乗せて出発してくださいな。わたくしとこのドラゴンがこの戦場を受け持ちました」 「ハハハ! わかった! さあ姉さん、魔法使い様が助けて下さるうちに俺達は逃げよう! 大丈夫? あと少しだから頑張ろう。俺の馬に乗れる? さあ、隊長は馬車の戸口を塞いでいないで!」  アシッドは首から姫様をぶら下げているノーマンをぞんざいに押しのけると、馬車の中で寝込んでいた自分の姉を引き出して抱き上げた。  そしてそのまま彼は自分の馬に姉を乗せ上げると、ノーマンに何も言わずにシュクデンの方角へと馬を走らせていった。  次にはディーナも同じようにしてもう一人の侍女を馬に乗せ、ただし彼は私に向かって投げキッスをしてから馬を駆けさせた。  ドゥーシャはどうしたか。  彼は二人が走り去るや彼も馬を回頭させて、彼の仲間の後を猛スピードで追いかけていった。 「あなたもお早く馬に乗りなさいな」 「君は!」  ノーマンは部下とは違って憤懣やるかた無い顔をしながら姫君と馬に乗り、それから私を数秒睨みつけてから馬をシュクデンに向けた。  馬の蹄はどんどんと私から遠ざかっていく。 「メリーアン。これで私達だけになった。久しぶりの戦場を楽しみましょう」 クオオオオオオオオオン。  ドラゴンは近隣の国々にまで聞こえるだろう大音量の鬨の声をあげる。  クロードリアの兵は戦うどころか戦意喪失し、次々と指揮者の命令に背いて逃げ出していく。  私は私が戦うまでもなくなった戦場を見通しながら、たった一人になったフィールドで召喚獣をさらに操る。  風の召喚獣、メリーアンは風を起こし風の壁をいくつも作れる。  そこに私の魔法陣から受けた光を拡散し攪拌し、攻撃的にも見える光や音、あるいは吹き飛ばされるような疾風を敵兵に与えるのだ。  後三十分。  三十分後に私は消える。
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