勇ましき伯爵令嬢

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勇ましき伯爵令嬢

 どうしてノーマンの馬がここに来ているのかと私が呆けたところで、ベイルが大声で叫んで馬に取りすがった。 「ああ、ネフェルト! ネフェルト! どうしたんだい? 君一人で! 叔父さんはどこに消えてしまったの!」 「まあ、あなたがベイル様ですか? ノーマン様は私をこの子に乗せると、この子にあなたの所へ行けとお尻を叩いたの。まあ、凄いわ。このお馬さんは本当に頭が良いのね」 「うん勿論だよ。この馬は最高なんだ。僕の母が叔父さんに贈った馬なのだもの。さあ、君はどうしたの、まず馬から降りようか。さあ、僕の手を」  馬上の女の子、ベイルと同じぐらいの年頃の彼女は、ネフェルトと同じぐらいの焦げ茶色の髪をして、子供ながらの丸っこい輪郭の中には黒に近いダークグリーンの透明感のある瞳をしているという、可愛らしい子供であった。  また、私が彼女に好感を一目で抱いたのは、彼女が私達に連れて行って欲しいと叫んだとおりに、空っぽだが矢筒を背負っており胸当てだってつけているという勇ましく見える格好をしているからだ。  元はグリーンだったらしきドレスは茶色く変色しており、泥まみれで汚れている所は彼女なりに戦った印であるだろう。  そして、泥まみれな少女に対してうやうやしく最高のエスコートで降ろしてあげているベイルを見ながら、彼には本当にこのままでいて欲しいと考えた。 「ああ、ベイルはあと三年もすれば近隣の女性全員に求婚されるわね」 「ワハハハ。そっちも教え込まないといけないのか。子育ては大変だね」 「いやらしい。」  私はイーサンを肩で突き、イーサンはわたしに物凄いにやにや顔を向けた。 「どうかなさって?」 「いや、君はあの馬を知っていたでしょう」 「ええ。そしてあなた方こそあの馬を良く知っていらしたのね。ノーマンはあなた方のって、そういえばベイルが叔父さんって」 「ああ。君の手紙を呼んだベイルが助けを求めたのがノーマンだよ。彼は近衛兵の任を捨てて甥っ子を助けに来たのさ」 「まあ。全く知らなかったわ。言ってくれれば良かったのに。でも、近衛兵の任を捨てたって、ほんの数日前に会った時は近衛連隊長でしたわよ」 「彼ほどの男だ。野に放つ馬鹿はいない。まあ、無職になってもわしが抱えてあげるぐらいの金蔵はあるがね」 「ふふ。三食昼寝付きで誘ったの?」 「掃除洗濯買い出しに家畜の世話、あと、ええと。彼は全部聞く前に逃げたさ」 「イーサンったら」  私は笑いながらベイルと少女の元に行くと、少女に対して右手を掲げた。 「きゃあ!」  彼女の足元で魔法陣が光り、一瞬で彼女のドレスから汚れが吹き飛んで本来の緑色のドレスに戻った。  うわお、かなり個性的なひざ丈ドレスの上に、ペチコートもふわふわさんだったのね。 「あ、あの」 「汚れたままは風邪をひきますもの」 「あの、ありがとうございます。あの、あなた様は? あ、すいません。わ、わたくしはラガシュ伯爵の娘である、エマ・ラガシュと申します」  少女は私に腰を下げるという淑女のお辞儀をぴょこんとし、私はこの微笑ましく好感の持てる少女に名前を告げようと口を開いたが、ベイルの方が早かった。 「本物のエレメンタイン様ですよ! 最高の魔法使いです!」  女の子はスカートを持ち上げて太ももに縛り付けていたナイフを取り出して私に飛び掛かり、私の後ろに控えていた村人達も殺気を私に向けてきた。  もちろん、ベイルは笑顔のまま少女のナイフを持つ手を捩じり上げ、イーサン様は微動だにしなかったが、私に害をなそうとすれば体をバラバラにしてやるぞという殺気だけで村人達全員を凍らせていた。 「ねえ、君。全部吐かないと大変な事になるよ。僕の叔父さんはどこかな? どうして君はエレメンタイン様を殺そうとするのかな?」  愛天使が人を裁く系の天使になってしまって私も引いてしまったが、でも、ベイルの言葉に私も確かめなければと声を上げていた。 「そうよ! ノーマンはどうしちゃったの? 彼はどこに消えたの?」 「言うものか! あなたは本当に大魔女だったのね! どんな人間も誑かして、ああ、お父様もお母様も人形のようになってしまわれた!」 「あら、あなたはエレメンタインに会っているのね。それはこういう姿だったかしら?」  ベイルとイーサンの前では素顔だが、私は人前でローブのフードを下ろしたのはいつぐらいだろうかと考えながら顔を出して少女に自分の姿を見せつけた。
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