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大魔女エレメンタインを求めて
私の偽物はラガシュ城の領主の間にいるらしい。
そこに人質として、エマの両親とラガシュ城の重鎮も閉じ込められているという。
では私達の目標は、領主の間の解放だ。
方向が決まれば動き出せ、と私達は執政棟と住居棟を繋ぐ長い渡り廊下を目指しえいた。エマの部屋は領主の住居用の棟となり、領主の間という公務の部屋は執政用の棟という別棟となるのだ。
先頭を走るのは、切り込み隊長になった猛々しいノーマンだ。
次に続くは、ノーマンが打ち漏らした敵を風のような動きで切り裂くイーサンと、二人の後を必死に追うベイルだ。
剣聖でもあるイーサンが二番手に甘んじているのは片足が義肢だからではなく、この戦闘を子猫に狩りを教える親猫のようにベイルを扱きたいかららしい。イーサンは戦闘中でありながら敵を選別し、ベイルに剣技を鍛えるための獲物として与えるという事をしているのである。
ノーマンが馬にした酷いことよりも、イーサンの方が人を人と見ない酷いことをしているが、私はノーマンに感じた憤懣をイーサンに感じる事は無かった。
それは、この三人の役割分担がリズミカルでもあり、なんだか小気味がよいものだ感じてしまうからか?
そうして私達は目指す渡り廊下に出たのだが、当たり前だがそこにはすでに私達に対する障壁が作られていた。
執政用の棟となる廊下の先には大勢の敵兵が待ち受けており、長い渡り廊下には地雷がびっしりと設置されていたのである。
地雷にはカモフラージュの魔法が施されている。
魔法添加された爆弾は、踏まなくとも存在を感知されただけで爆発するといういやらしいものだ。
もちろん、高度の魔法使いではないために地雷が見えないノーマンは、渡り廊下を駆け抜けていこうと構えた。
私が彼の腕を引くのはお約束だ。
愛する女性がいるくせに私を口説いて喜ぶなんてと、私はノーマンに対してぷりぷりと怒っていても、彼が大怪我をしたり死んでしまうのは望んでいない。
私が怒っている理由を思いつかない鈍感でも、私が怒っている事は気付いている男は、私に腕を掴まれて嬉しそうに微笑んだばかりか彼の腕を止めた私の右手に彼の手をそっと重ねるなんてことまでした。
「心配しないで。こんなのは俺には死地ではないよ」
「おばかさん。敵があそこから動かないのは見えない地雷がいっぱいだからよ。あなたは一歩踏み出したそこで一瞬で粉々よ」
「いいよ。俺は君に嫌われて心が粉々なんだ」
単なるいつもの彼の冗談でしかなかったのに、私の癇にかなり障り、私は彼のせいで首を撥ねられた馬の気持ちになっていた。
「いい加減にして! あなたには姫様が居るでしょう! 私を馬鹿にするのはいい加減になさいな! あなたが私に馴れ馴れしいのは、シュメラーゼルの嘘を本気にして、私が男の気を惹くために何でもする女だって思っているのでしょう!」
「いや、そんな!」
私の手を強く握って来た彼の手は私の手の甲から発せられた電気に反射的に手を離し、私はその隙に私の手を彼の腕から抜いた。
「ティア。聞いてくれ!」
「何を聞くというの。二度とくだらないことを私に言わなければ良いだけです。エマ! この地雷原を抜ける道を作るわよ!」
「ティア!」
私の足元でぐるりと青い光の魔法陣が輝き、ノーマンは私から後退るしかなく、私は彼を尻目に悠然と見える様にしてその魔法陣から三本の矢を取り出した。
「さあ、エマ。これで私の指示する場所を射貫きなさい。出来るわよね」
男と女の痴話喧嘩に目を丸くしていた彼女だったが、私から矢を渡されると、彼女は絶対に出来るという風に矢を胸に抱いて緊張した面持ちでこくりと頷いた。
「やります。なんだってやります」
「いい子ね。では。この魔法陣の上にあなたが乗りなさい」
エマは恐る恐る私の描いた小さな青い魔法陣の上に乗り、私は彼女がこれからするべきことを指で指し示す。
「私が指さした三か所に私が描いた青い紋章が見えるわね。そこに射るのよ」
「あの、外したら」
「あなたならできるわ」
本当は青い紋章に自動的に刺さる仕込みはしているが、弓矢を放つ腕力は私には無いし、これはエマの達成感となり自信となる。
「さあ、エマ」
「はい!!」
彼女は第一射を放つ。
青い矢は渡り廊下の手前の壁、敵兵達の頭の辺りの高さで右の壁に刺さる。すると青い矢の刺さった所と魔法陣の間に光がリボンのように伸び、一本の青い光の細い道となった。
第二射はその対となる左壁だ。
「さあ、最後は向かいの壁よ。この矢が私達の道になりますから、ありったけの思いを込めて撃ち込んでちょうだい」
「はい! エレメンタイン様!」
私の言葉通りエマは弓を思いっきり引き絞った。
エマの矢は、二本の矢によるリボンが作り出した二等辺三角形を正確に等分できるど真ん中を飛び、だが、飛んでいる最中にそれは変化した。
「きゃあ! あれは何ですか!」
三本目の矢はリボンにならなかった。
飛んでいる最中で骨だけの太古の巨大魚となりかわり、その変身に驚く敵兵を蹴散らかしながら、それは真後ろの壁にその大きな嘴のような口の先を突き刺したのである。
また、魚はトンボのような羽をムカデの足のように背骨から生やしており、その羽を二本のリボンにかけて体を固定させた。
「リヴァイアさんだ。すごい。つり橋になった」
ベイルが感嘆した声を出す。
「ええ、エマの正確な腕があったからね」
しかし、エマは自分の成した事について信じられないというだけの顔だ。
それよりも、リヴァイアサン、リヴァイアサンを、リヴァイアサンが、と意味のない呟きばかりになってしまったのはなぜだろう。
どうして私がリヴァイアさんを呼び出すと、人はみなこんな状態になってしまうのかしら?
確かにリヴァイアさんは呼び出すのが難しい、海の精霊さんですから畏敬の念を抱いてくれるのはリヴァイアさんにも良い事なのですけれど。
そして、誰が声をかけるまでもなく、ノーマンが無言のまま橋に飛び乗って、そのままその橋を走り抜けていってしまった。
私が何も言うなと彼に言っていたから。
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