馬と馬鹿ヤロと私

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馬と馬鹿ヤロと私

 二頭立ての馬車は一般人が乗るには分不相応な代物と言えるが、私の同乗者は近衛隊長である。また、クロ―ドリアで私達は二手に分かれるのであるからして、馬は二頭必要なのは当たり前なのだ。  しかし、その馬達によって道行は不安定なものとなってしまった。  茶色の栗の皮のようにつやつやとした毛並みの馬は御者のいう事を聞いてはいるが、焦げ茶色の方はかなり苛立っているようであり、馬脚を乱しては馬車の進みを遅らすばかりであるのだ。  終に御者は大きな舌打ちと共に馬車を止めて、仕切り窓を開けて車内の私達に話しかけてきた。  いや、私ではなくノーマンに、か。 「隊長。ネフェルトが言う事を聞きません。鞭で叩いていいですか?」 「やめてよ! わかった。ネフェルトを馬車から解放する事にする。一頭立てに変更しよう」 「嫌です! 俺の可愛いミゼットに重労働させるつもりですか? あなたの馬ならちゃんと言い聞かせてくださいよ!」  私はここで首を傾げた。  馬車の馬が立派過ぎると確かに違和感を感じていたのだが、どうやら彼等、ノーマンと部下の愛馬でしかなかったようだ。と、いうことは、彼等は私と別れた際には、彼等だけ馬に乗って姿を消すつもりらしい。  と、すると、彼等は私がどうやって帰るのか考えているのだろうか? 「ねえ、あなた方。私と別れた後、あなた方はそのお馬さんでどこぞへと行くおつもりでしょうが、私はどうやって帰ればいいのかしら?」  御者とノーマンはしばし顔を合わせて、二人同時に私にその顔を向けた。  ノーマンの美男子ぶりは知っていたが、ノーマンの部下であり騎士でもあるらしい御者も、ノーマンと劣らずに美形な男であった。  短く刈った髪は真っ黒く、眉毛も長いまつ毛もその真っ黒いがために印象的な顔立ちとなっている。  エメラルドのようなグリーンの瞳とくれば高慢な男ともなれるが、目の前のノーマンよりも若い青年は気さくそうどころか鳩のように驚いた顔で私を見つめ返しているのである。 「あら、私はあなた方を驚かせて?」 「いや。驚くも何も、あなたは魔女でしょう。リターンの魔法はどうされたのですか?」  これだから素人は。  魔法を使うものとして、契約というものは絶対なのである。  ノーマンが私と四時間の契約をしたならば、私はノーマンに四時間拘束される事となり、その時間内にリターンの魔法などでノーマンの傍から離れる事など出来ないのである。  よって、私がシュクデンに帰宅するには物理的な方法が必要となるのだ。  確かに私ほどの魔女だったら勝手に帰れるけどね。  だけど、私ほどじゃない魔女は帰れなくなるんだから、ここは彼らに今後雇われる魔女が可哀想な目に合わないために、私が彼らに教えこまねばならないだろう。  契約、というものが、能力発揮の足かせになる場合もあるのだ。  無能だから追放なんて、契約解除していないのにするのは殺人行為と一緒なのである。  私は姿勢を正すと彼らを真っ直ぐに見つめ(ローブのフードで私が彼らを見ているかどうかなどわかんないだろうけどね)、重々しく口を開く。  さあ聞け、間抜け共よ!! 「~ということ。わかった?」  私の語りに対し、若い男は納得したと答えて何とかしますとまで言ってくれたが、ノーマンは左眉をそっとあげて見せただけだった。  ノーマンは契約の弊害を知っていた、のか、知ったから利用させてもらうよ、なのか。  私の訝しがる視線を受け止めた(フードで私の視線は分かんないはずだけど、なんか通じたようだったから)彼は、ニコッと無邪気に笑った。 「ああ、じゃあ、俺は君ともっといられるね。憧れだった君と四時間も一緒に過ごせるなんて、ああ、一生に一度の幸せかもしれない」 「私をそんなにご存じだったの? あなたも竜を倒したいのかしら? それとも、疫病を広げる魔王様があなたのお国を襲いに来ているの?」 「いいえ。俺はドラゴンには空を悠々と飛んでいてもらいたいし、俺の国であるフォルモーサスは平和過ぎて、王様もお妃さまも、お姫様達だって、頭に花畑が出来ているぐらいにお優しくて考え無しになっている。ええ、魔王も竜も倒す必要はありません。俺はね、家が潰れて中に家族が残されたと泣く老人の為にギルドと喧嘩したあなたに惚れたのです。ええ、それ以来あなたの下僕です!」  私は自分のローブを捲ってしまいたい誘惑に駆られた。  自分の顔をノーマンに見せつけたいわけではない。  このお花畑を装う計算高い男を、両目で直接に睨みつけてやりたいのだ!
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