私はこうしてギルドと喧嘩した

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私はこうしてギルドと喧嘩した

 いつものように私はギルドの待合所に座っていた。  私ほどの魔女になれば仕事を捜しにギルドの窓口を日参する必要はないのだが、その日はギルドに呼びつけられていたのである。  もちろん、呼びつけられて提示された仕事は断った。  そこで帰ればいいものを、私は頭に血が昇りすぎていて、気を落ち着けるために待合所の椅子に座っていただけの話である。  落ち着きなさい、リガティア。  ほら、ごらんなさいな、あの初陣を迎える冒険者達を。  あなただってあんな頃があったでしょう。  自分に何度言い聞かせて初心に戻ろうと思っても、私の中で燻る怒りの炎は消す事など出来ず、それどころか怒りが増すだけだった。  私に与えられた仕事は、とある王族の遠征に関わる、というものだ。  王位継承権を持つ後ろ盾のない王子様は、王位を継承するために王様と側近から命じられたクエストを達成しなければならないのだ。  情けない事に、私に与えられた依頼はその哀れな王子様を助ける魔女としてではなく、王子が侵攻する先の魔族の身を守れと言うものだった。  ネタ晴らしをすれば、そこに魔族などもいない。  かって死に絶えた魔族が施した魔法動力が動いているだけの魔城がそこにあるだけで、私が自分の魔力を使ってその歴史的建造物を守りつつ稼働させて王子を殺せと言うのが本当の依頼だ。  腐った国の腐った王様の頭は、亡国の姫に産ませた王位継承権第一位の息子よりも、現在の妃である第二王子の方に王位を継がせたいと望んでいたのだ。  私が断るのは当たり前であり、また、私が断ってもこの大虐殺は起きるのだと考えると、帰るに帰れない気持ちとなってしまっているのである。 「お願いします! どなたか! わしを助けてください!」  待合所で老人の声が響き渡った。  杖を突いているのは片足が無いだけで、年を重ねた体の脆さは無いようだ。では、と、私は飛び込んできた老人をまじまじと見つめる。  老人や子供の振りをしてギルドの待合所に飛び込み、油断させたそこで待合所に詰める人々への殺戮を行う魔族もいるのである。  しかし、老人は見た目と違って普通の老人だったらしく、奥から現れた用心棒によって簡単に床に転がされてしまった。 「何を無体な!」 「順番を守れ! バカ者が!」 「ばかはそっちじゃ! こっちは一分一秒を争うんじゃ。襲っても来ないゴブリン峠の殲滅や、平和に暮らしている魔族の村への侵攻などに出掛けるぐらいなら、うちの家族を助けてくれ! 家が潰れて閉じ込められたのじゃ!」  床に転がりながらも用心棒に大声をあげた老人に対し、用心棒は老人を蹴るために片足を持ち上げる。 「いい加減になさいな! わたくしが参ります!」  私はベンチを蹴るようにして立ち上がっていた。 「ええ! お待ちください! エレメンタイン様!」  用心棒が私の名前を大声で叫んだことで、私の周りから一瞬で人の波が消えた。  私は知る人ぞ知るどころか、有名すぎる大魔女なのである。 「おい! お前! この方をどなたと! お前ごときの薄汚れた爺に、この方への支払いが出来ると思うな! この方は一日三千万バイツの方なのだ!」  ギルドが依頼者に要求しているらしい自分自身の値段を、私は用心棒の罵声によって初めて知った。  実際に私はその一日分しか貰っていないと、どんな悪条件の一か月拘束でも、いやいや、この間は半年拘束されての五千万だったよねと、頭のどこかでぶっつーんと何かが切れた。 「やかましい! わたくしはもともと世の為人の為に魔法の道に進んだのです! 何が一日三千万バイツよ! 上前はねどんだけよ!! こんな銭ゲバな非常識に付き合っていられますか!」  ドオオオオオン。  大音量と共に地面が揺れ、ギルド建物内の冒険者も職員も、とにかくそこにいる者皆脅えて床に貼り付いた。その上、彼らは一斉に、私の方へと視線を向けた。  恐ろしいことをぜんぶ私のせいにするとは!!  確かに無詠唱で雷落としちゃったけどね。 「上前ハネられていた事に怒った?」 「エレメンタイン様は銭ゲバ?」 「貰いが少なかった怒りで神の雷(ゼノトニトルス)(注 雷系高度攻撃魔法 範囲大)を落とすなんて、なんてやばいんだ」 「な、何をいうかな愚民共は!!いいこと? 私の魔法はくだらない自己満足の王族や貴族のものじゃありません! そいつらが言う下々の者の為にこそあるのよ! 私はこの方の依頼を受けます! 私の言い値でね!」 「そんなことをなさったら、ギルドに始末されますよ!!」  ほとんど悲鳴のような声で割り込んで来たのはギルド支店の受付である。  私は彼女に微笑み、脱退しますと静かに告げた。 「待ってください! エレメンタイン様! ギルドから除名されたら仕事など出来なくなりますよ!」 「願っても無い事よ」  私は床に転んだまま、いや、胡坐をかいて事の成り行きを楽しんでいた老人に手を差し伸べる。 「二千五百、払えるかしら?」 「二千五百……大事な家族じゃ。君になら払おう」 「嬉しいわ。では、二千五百バイツ、前払いしてもらいましょうか」  老人はワハハハと大声で笑い、私に銀貨を一枚差し出す。  私はその銀貨一枚を周囲に見せつけるようにしながら、自分の財布に片付ける。 「では、わしの家に急ごう。よいかな?」 「ええ。家族の一大事ですものね」 「ああ、わしの大事な家族じゃ。エレメンタイン様、わしはイーサンという。イーサン・ラブラドゥルスという小物じゃがよろしく頼む」  私は力が抜けた笑いが出てしまったが、私の周りどころか待合所に出てきたギルドの偉い奴らなどは息を呑み、あたりはしんと静まり返った。  まさか、自分達が追い払おうとした男が、あの伝説の賢者であり剣騎士のイーサン・ラブラドゥルスとは思いもしなかったのだろう。  私だって彼が名乗るまで全くわからなかったのだ。  だって、表舞台に出て来なくなって久しいから、とっくに死んだと思われていた人だし。  とにかく、私はその日からパートタイム魔女になった。  初仕事は老人の大事な猫を瓦礫の山から助け出すというクエストだ。  もちろん、この時の銀貨は未だに大事に取ってある。  初めてのお客であり、伝説の賢者様の銀貨なのだ。  コレクションしておかなくてどうするって話だ。  ついでに私は、家を失ったイーサンに誰も住んでいない魔城の情報を伝え、王子には身の危機と魔城には伝説のイーサンがいるという知らせの手紙を出した。  伝説のイーサンが住んだとなれば可哀想な王子への死ぬための遠征など行われないだろうし、可哀想な王子がイーサンの元に逃げ込めば、彼は王子ではなくなるかもしれないが優しいお爺さんと一緒に暮らせる幸せな男の子になれる。  私は他人の運命の歯車に勝手に手を加えた。  でも、これこそが魔女の仕事では無いだろうか。
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