求婚は形だけにして

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求婚は形だけにして

 ノーマンの説得が功を奏したか、さっさと先に進んだ方がこの苦行が終わると馬が勝手に学んだからか。ノーマンの馬は取りあえず機嫌が悪くとも先に進むことを了解したようで、馬車は再び動き出した。  すると、御者台の青年が私に向けて気さくに話しかけて来たではないか。 「紹介が遅れまして、俺はアシッド・クレスと申します。現在恋人募集中の二十五歳です。隊長の年齢は聞きました? おっさんですよ」 「お前と大して変わらないだろう!!」 「確かに。では、俺こそどうですか? 隊長よりも長生きしそうにないですよ、俺は。俺の宝物は意外と良いものです。あなたが望まれるならばいくらでも差し上げます」 「まあ! うふふ。あなたの宝物は何かしら。猫ちゃん? それともワンちゃん? 妹や弟も残しておけない大事な宝物よね」 「ごめんなさい! 俺の息子って俺は言おうとしていました!」 「まあ! もうお子さんがいるのね!」 「いいからお前は黙って馬を走らせろ! 俺の鞭をお前にこそくれてやるぞ!」  ノーマンはアシッドを怒鳴りつけ、アシッドはノーマンの怒声に反応して再び馬脚が乱れた馬の制御に慌てて前を向く。そしてそんな事態を引き起こしたノーマンこそ、アシッドと私達の間を仕切り板で閉じてしまった。 「私を出来る限り長く目的行為に巻き込みたいのならば、部下と仲良くさせて私に連帯感や親和感を抱かせるほうがいいのではないの?」 「そうやって君を拘束するのは卑怯だろう?」 「そう? パーティを組む時はそうするものだけど。そうね、たった四時間だけの相手だったら、下手に仲良くならない方が良いって判断かしら」  ノーマンは目的があって国境を超えるつもりである。  私が別れた後の彼らの生死について嘆いたりしないようにって、ノーマンなりの配慮なのかもね。  私が参加したパーティは、どれも最初は自己紹介から始めた。  ――初めまして。  ――初めまして、あの、あなたの瞳は美しいですね。  私は連帯感は嫌だとローブを深くかぶるようになったのではないのかと、ローブの端を掴んで自分の体にもっと巻き付けた。 「寒いですか? 毛布を」 「い、いいえ、大丈夫です」 「いえ、毛布にくるまっていた方が良いですよ。あと数分で国境です。お二方、恋人に見えるくらいに毛布の中でイチャイチャしてくださいね!」 「ええ!」  アシッドの言葉に素っ頓狂な声を上げたのは、私ではなくノーマンの方だ。  彼は純朴すぎる騎士だったのかと彼を見返せば、彼はいそいそと上着を脱いでいる最中であった。  あ、シャツのボタン迄外し始めている。 「あ、あああ、あなた。何をなさっているの?」 「いえ、普通にイチャイチャしようかと。あと数分だ何てあいつめ。時間が足りないじゃないか!ねえ。もっとこう、ムードを盛り上げてからじゃないと、イチャイチャなんかできませんよね」 「時間があってもイチャイチャなんかしませんけど!」 「え! 俺と国境超えるって約束したじゃないですか! 国境超えるにはイチャイチャですよ。しましょうよ!」  私は何て奴と契約してしまったのだろうか。  シャツを肌開けたノーマンは、私に襲い掛かるつもりなのか、毛布を羽織って蝙蝠が羽を広げたみたいになっている。そのまま私を抱き締めてきたら?  私はちぃと大きく舌打ちをしてから、車内に幻影の幕を張る。  蝙蝠男に襲われてなるものか。 「え、何? 水の中?」 「いいえ。私達は灯篭の中の蝋燭になったの。グルグル回る灯篭に色々な影や模様が出来る様に、私達の周りではイチャイチャしている恋人達の映像が展開しているってこと。つまり、馬車の中を覗く人達には私達でない私達が見えるという魔法なのよ」  ノーマンは私を凄いと褒めるどころか、とっても面白くなさそうに舌打ち何てしてきた。 「どうかなさって?」 「どうか? ああ! 一番のお楽しみを台無しにされたんだよ、俺は!」  ええ! この隊長は本気で私を手籠めにするつもりだったのか!  仕事ついでのお楽しみって奴なのか!  様々な冒険者パーティで確かに色欲塗れのセクハラ野郎は多くいたが、これほどまでもあからさまなのは初めてだと、私はノーマンに物凄く引いていた。 「――節操がないって言われません? 行きずりの行為は、わたくしはちょっと」 「行きずりじゃないです! 俺は絶対に責任を持ちますから! この短い時間だけであなたに愛してもらうにはって、俺はそればっかりなんです!」  すごいな。  彼は演じ切っているのだ。  そうか、きっと必死で台本を考えて、そして、この日に備えて演技を磨いてきたのかもしれない。  ついでに女性に厭らしい事も出来る期待も抱きながら。 「俺はあなたに憧れていたのです!」  私はノーマンにぐいっと引き寄せられて、うわ、ローブのフードが落ちる!  慌てて頭を押さえたが、大きく動かした頭はノーマンの顎を直撃していた。 「あっつ!」 「ああ、ごめんなさい。」  彼は仰け反り、ちょうど馬車はがくんと止まる。でもって、なんとその振動で彼は椅子から転げ落ち、そして、適当に放置されていた剣の束に頭をごちんとぶつけた。あとは、可哀想に、彼は伸びてしまった。 「ああ、ノーマン!」 「こちらはなんだ!」  驚いた私のせいで魔法は消えて、魔法の映像が消えたことで馬車を覗き込んだ兵士たちは私達に不信感しかない顔を見せていた。  ええい、ままよ!  私はローブをはだけさせると、倒れているノーマンを腕にかき抱く。 「何って、いい所の最中ですの。私は魔女です。ふふ、幻影で私達の濡れ場を隠していただけですわ」  馬車の扉は強く閉められ、外からはアシッドに行けと命令する声も聞こえた。 「ふう。これでいいなんて、なんて緩い国境線かしら」 「俺はもっと緩いです。あなたにはいつでも優しくします。だから、だから、俺と結婚してください」  私は抱きしめていたノーマンを乱暴に放り出すと、ローブを元通りにした。 「どうして! もうあなたのお姿を俺は知っているのに!」 「私は魔女なのよ、あなた。」  銀色の髪に青紫の瞳など、魔女には無い方がいいのよ。  この組み合わせは魔物と同じ。  人を惑わし破滅に導く組み合わせなのだから、隠すべきなの。 ――あなたの瞳の色はとてもきれいだ。 ――最期のお願いだ、リガティア。俺にキスをしてくれ。  あの人が私を庇って亡くなったあの時のような事を、二度と引き起こしてはいけないの。
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