あなたの腕の中が安らげたから

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あなたの腕の中が安らげたから

「あら私としたことが」  魔法で姫君達を目の前に呼び寄せようとしたが、敵にも魔法使いがいることは当たり前どころか、姫君達の捕らわれているそこは結界のある修道院だった。  いくら大魔女の私でも、結界を越えて呼び出す事は出来なかった。  では、結界壊しに。 「きゃあ!」  私が修道院の結界を壊すための大魔法を詠唱をする前に、なんとノーマンによって彼の馬の鞍に乗せ上げられてしまったのだ。 「もう! あなたはなんて怒りんぼうな人なんだ! そんな風に情熱的だと損ばかりでしょう!」 「黙っていいように扱われて損をするくらいならば、ええ! 激情のまま騒いで損をした方がいいわ!」 「全く。いいですか、俺の懐に入ってしがみ付いていてください。ここから戦闘に入ります。俺の邪魔にならないでください」 「まあ! あなたが死んだら逃げろじゃないのね。あなた、初めて私に素晴らしい言葉を掛けたわよ。ええ、頑張りなさいな! 私はあなたの懐に隠れるわ!」  私はぎゅうとノーマンに抱きしめられた。 「え、え? え!」 「すいません。俺はちょっと幸せで、このまま死んでもいい気がします」 「この馬鹿者! さっさと戦闘に入りなさい!」 「ハハハ、かしこまりました!」  叱りつけたら私の背から圧力は消え、ただし、私が落ちないようにと左腕で私を自分の胸に押し付けてもいるが、私は苦しいなどと感じなかった。  温かい場所だと感じただけだ。 「兵士の壁がある。行きますよ!」 「はい」  何度も聞いた事のある金属の打ち合う音や人の肉が切り裂かれる音、そして苦悶の声という、聞きなれる事のない嫌な音が辺りに満ち始めた。  ノーマンの馬のネフェルトは風のように走り、ノーマンは打ち合うのではなく打ち払うようにして敵をさばいて進んでいる。  私は周囲を索敵する事は止めなかったが、積極的に何かしようという気は起こらず、ノーマンに言われた通りに彼の胸に顔を埋めていた。  ノーマンは薄い胸当てを上着の下に入れていた。  布ごしに感じる金属の硬さが、私が過去に触れた彼の胸を思いださせた。  体の関係どころか、鎧が無い状態で抱き合った事さえない。  けれど彼は私の初恋だった。  彼もそうだと私に伝え、彼は私を必ず守ってくれた。  だからどんな過酷な状況でも、私は幸せで楽しかった。  私のせいで彼の親友が死んでしまうまで。  でも、私が殺したんじゃない。  でも、私の盾になれて嬉しいと、あの人は最後の言葉を残していった。  彼が望んだ私とのキスで、私こそ魔法が溶けて私の真実を知ってしまったというに、彼は私とキスできて幸せだと笑って逝ったのよ。  では、私が私でなければ彼は死ななかったの?  私は過去から逃げ出すようにして目を瞑る。  すると私の魔力の感覚が鋭敏になり、金属の胸当ての下で躍動しているもの、ノーマンの心臓の音がしっかりと聞こえてきた。  体を動かしているせいで大きく早く鼓動しているが、その鼓動は脅えなどない、興奮しすぎてもいない、安定したリズムの力強い音だ。  この音をずっと聞いていたいと思わせる確かな鼓動。  それはノーマンの腕が私に安心を与えるからなのか。  そしてこんな乱戦状態でありながら、私はリラックスしており、私の頭の中では詠唱の必要のない魔法陣が浮かんだ。  魔法を発動するには二つの方法がある。  長い詠唱と魔法陣の錬成だ。  魔法陣は長い詠唱代わりとなり、描ける所どこにでも描く事で魔法を発動できるが、正確に魔法陣を描かねば力を持たず、描くには長く時間がかかる。  ただし、二重の魔法陣で一時に二つの魔法が発動できると言う利点もある。  また、詠唱はその逆に魔法陣の代わりとなる。  正確に唱える事で魔法を発動できるが、詠唱が終わるまで長く時間がかかる。  魔法使いが「使える魔法使い」となるには、その魔法の発動までの短略化と効果の増幅をどれだけ可能と出来るのか、だけである。  私はそこを自己流に解決した。  頭の中で正確に描く事の出来た魔法陣を、地面にそのままプリント出来る術を習得したのである。  誰も気が付かないのは不思議だが、魔法使いならば誰でも持っている砂占いという純粋な能力で地面に砂で魔法陣を描いてしまえばいいのである。  描いてしまえば魔法は発動だ。  魔法陣を消す事などドラゴンにだってできず、ドラゴンを拘束したり、拘束したドラゴンにあらゆる魔法攻撃を浴びせることだってできるのだ。  私はこの戦場に大きな大きな魔法陣を描いていた。  まだ発動させないように、タイミングを合わせて描いていくのだ。  発動は、ノーマンの部下達全員もこの魔法陣の中に入ったら、である。  ネフェルトはもう魔法陣のど真ん中にまで駆け抜けており、最後となるドゥーシャの馬が大きな蹄を魔法陣の中に打ち付けた。  私は最後の円をぐるっと描き込んだ。 「おやすみなさい」  私の魔法の発動により、敵兵はバタバタと気絶して倒れて行った。
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