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「すみません、もう少し冷房を下げてくれませんか? 真夏だと夕方も暑いですよね」
後半の言葉は独り言のように聞こえた。私は冷房をさらに下げる。待てよ、これなら科学的に説明できるのではないだろうか。
「一つ聞いてもいいですか? 窓が開くのは決まって家に帰ってすぐではありませんか?」
「ええ、そうです」
「それなら説明がつきますよ、科学的に」
ミラー越しに彼女が疑わしそうに見つめているのが分かった。
「この暑さですから、帰るとすぐに冷房をつけるでしょう? それも今みたいに強く」
彼女が首を縦に振って肯定するのが見えた。
「部屋の温度が急激に変わると、窓のフレームにかかる圧力が変わり、窓が少し開いてしまうことがあります」
「つまり、運転手さんは幽霊の仕業ではないと考えているんですね?」
「その通りです。どうです、少しは安心しましたか?」
彼女の顔には安堵の表情が浮かんでいた。彼女の緊張が解けたようだ。
車は静かに走り続け、外の風景が流れていく。女性は穏やかな表情で視線を窓の外に向け、リラックスしている様子がうかがえた。彼女の不安が解消されたのだろう。
「ありがとうございます、運転手さん。これで安心して眠れます」
彼女はそう言い、にっこりと微笑んだ。その笑顔には感謝と安堵の気持ちが溢れているようだった。
「こちらこそ、お話を聞かせていただきありがとうございました。何か他にもお困りごとがあれば、いつでもどうぞ」
女性は車を降りると、軽やかな足取りで目的地に向かって歩き始めた。その背中には、以前の不安が嘘のように、晴れやかさを感じられた。
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