最後の言葉

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最後の言葉

 今日のお客は何か悩み事でもあるのだろう、窓の外をぼんやりと眺めている。こういう時はそっとしておくべきだ。私の思いとは裏腹に、青年が口を開いた。 「なあ、あんたくらいの歳になると、大事な人を亡くしたこともあるだろう?」  私は無言で頷く。この間は親友が若くして亡くなってしまった。末期がんだった。健康に気をつかう奴だっただけに、衝撃は大きい。人間は生まれながらにして環境要因などで勝ち組、負け組が決まってしまう。しかし、死は平等に訪れる。 「俺は最近彼女が死んだんだ。交通事故でね」 「ご愁傷様です」  死は平等に訪れるが、それまでの時間はまちまちだ。赤ん坊は自我ができる前に死んでしまうし、老人は認知症でボケたまま死を意識せずに亡くなる場合もある。この青年の彼女はまだまだ輝かしい将来があったかもしれない。 「原因は対向車線から突っ込んできた車だった。裁判が始まれば相応の報いを受けるに違いない。だから、俺はそいつのことは忘れることにした」  若いにもかかわらず、人間ができている。いや、恋人の死を受けいらられず、現実逃避しているのかもしれない。どちらにせよ青年は誰かに話を聞いてもらいたいのだろう。気を紛らわせるために。一時の関係であるタクシー運転手だからこそ話しやすいのかもしれない。  それにしても、なんと救われない話だろうか。聞いているこちらも辛くなる。彼の心中を察するに余りある。彼は一息つくと言葉を続ける。
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