最後の言葉

2/3
前へ
/72ページ
次へ
「不幸中の幸いと言えるかは分からないが、彼女が死ぬ前に病院に駆けつけることができた。それが唯一の救いだった。だから、最後の言葉を聞くことができた。言葉と言えるか分からないが」  言葉と言えるか分からない? 青年の言っている意味が理解できず、頭がフリーズする。こちらから聞くのは憚られたが、聞く前に青年が答えを言った。 「モールス信号って知ってるか?」 「もちろんです」 「そうだよな、あんたくらいの歳なら知っていて当たり前か。SOSは『トントントン ツーツーツー トントントン』。俺の彼女はアマチュア無線をしていてね、それがきっかけで付き合うようになったんだ。俺と趣味が一緒だったから」  今の時代、アマチュア無線が縁で付き合うというのは珍しい。 「すると、先ほどの言葉の意味は――」 「そう、最後の言葉はモールス信号だったんだ。彼女らしくね」  そこまで言うと青年は首をひねった。何か引っかかるものがあるに違いない。彼もアマチュア無線が好きなら、何と打ったのか分かるはずだ。何が彼を悩ませているのだろうか。 「中身はこうだった。『A・I・4・1・0・6』。わけが分からなくてね。きっと意識がもうろうとしていたから、間違えたんだろう。そう思うことにしたんだ」 「でも、心のどこかでは意味があるとも思っている」 「そう……かもしれない」  謎のモールス信号に心ひかれた私は、信号待ちの間に無意識のうちにハンドルを指で叩いていた。トントンと。そこで一つの疑問が思い浮かんだ。青年の解釈が間違っていなければ、アルファベットと数字が混在していることになる。そこに意味がある気がした。 「彼女はどんな方でしたか?」 「いたずら好きでした。あとはサプライズも」  彼女を思い出したからか、青年は目じりを拭う。 「それから……古いものも好きでした。ほら、流行は繰り返すって言うでしょう?」  私は頷く。最近は――すでに流行は終わったが――タピオカブームがあった。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加