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なんとなく彼女の人となりは分かってきたが、モールス信号の謎の糸口にはなりそうもない。なんとかして、この謎を解きたかった。いや、青年のためにも解かなければならない。しかし、目的地に着くまでに解くことは出来なかった。探偵を自負している自分が情けなく思えた。
「いくらですか? クレジットカードでお願いしたいのですが」
青年がそう言って財布を取りだした時、一枚の紙が胸ポケットからひらひらと舞い落ちる。それはポケベルの語呂合わせ一覧だった。
「ポケベルも形を変えて再流行しているんですよ。SNSとかショートメッセージで」
そういえば、自分も若いころはポケベルで友人とやり取りしたものだ。懐かしさが込み上げてくる。ポケベル……ね。ふと、モールス信号を思い出す。どちらも暗号の類に似ている。次の瞬間、天啓にうたれた。
「もしかしたら、彼女のメッセージが分かったかもしれません」
「本当ですか!」
身を乗り出す青年に「あくまでも私の考えですよ」と告げる。
「彼女はこう言い残したんです。『愛してる』と」
「愛してる……? どうすれば、そういう解釈になるんですか?」
「ポケベルです。あれの語呂合わせですよ。数字をポケベルに置き換えるんです。そうするとこうなります。4・10・6で『してる』と。アルファベットと合わせれば――」
私はその続きを言うことができなかった。青年が嗚咽していたから。しばらくして落ち着いた彼は顔を上げるとこう言った。「あなたに会えたのも彼女の導きかもしれません」と。
青年を降ろした私はアクセルを踏んでゆっくりと車を走らせる。その時、ミラー越しに頭を下げた彼の姿が映っていた。そして、車が角を曲がるまで頭を上げることはなかった。
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