ミステリー愛好家、オチを忘れる

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ミステリー愛好家、オチを忘れる

「暑い。ともかく暑い」  私はタクシーの運転席でハンドルを握りながら、溜息をつく。日差しが強く、エアコンをかけているにもかかわらず、外の熱気が車内にじんわりと伝わってきていた。窓から差し込む太陽の光が肌を焼くようで、冷房の効きも今ひとつ。車内の気温はじわじわと上がり、じっとりと汗が滲む。  今日は神保町で古本市が開催されている日。古本の蒐集家が大量に本を買った時、タクシーを使う可能性が高いと踏んで、私はこの辺りを流していた。古本市の開催日はいつもと違ったお客さんが乗ってくることが多く、その中には興味深い話をしてくれる人も少なくない。  大通りをゆっくりと走らせていると、歩道で二人組の男性が手を挙げて私を止めようとしていた。脇には大きな紙袋が置かれている。間違いない、あれは古本がたくさん詰まっているに違いない。私はスッと停車し、彼らを乗せた。 「ここをまっすぐ行ったところにあるカレー店までお願いします」一人がそう言う。神保町はカレー店が多いことでも有名だ。たくさんのカレー店が並ぶ中、あえてその店を選ぶということは、きっと美味しい店に違いない。私は小さく頷き、再び車を発進させる。
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