ミステリー愛好家、オチを忘れる

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「おそらくですが、こういう展開ではないでしょうか。両替した50円玉をブラックジャックのように重ねて、何かに利用した。それが凶器だったのでは?」 「つまり、殺人に使った?」二人組は私の言葉を受け取って、さらに話を膨らませる。 「そうです。そして、今度は証拠を隠すために再び千円札に戻そうとしたのではないかと」 「なるほど! それなら辻褄が合う」二人は納得した様子で大きく頷いた。「最後には、その事実に気づいたアルバイトが、50円玉を見るたびに恐怖を感じるようになるという話だったか」 「そうです、それです」私は少し照れくさそうに微笑んだ。 「思い出しましたよ。そうだ、この話は無名のアマチュア作家が書いたものでした。」  二人はその結末を噛み締めながら、私に感謝の言葉を述べた。  その瞬間、私はふと亡くなった父のことを思い出した。実はこの小説を書いたのは、他でもない私の父だったのだ。  父は若い頃、無名のアマチュア作家としていくつかのミステリーを書いていたが、結局はそれほど有名にはならなかった。しかし、こうして今でも誰かの記憶に残っているということが、なんだか嬉しかった。  タクシーは目的地に着き、二人の客は車を降りた。「ありがとうございました。運転手さんのおかげでスッキリしました」 「どういたしまして」  私は軽く会釈してふたりを見送り、再びハンドルを握り直した。父の作品が、こうしてふとした日常の中で話題に上がることがあるとは思ってもみなかった。タクシー運転手としての日々は、時折こんな風に、過去の思い出と繋がることがある。それが、私の密かな楽しみでもあった。
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