風味のすれ違い

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「あ、青になりましたよ」  私はその言葉にハッとし、すぐに車を再発進させた。運転に集中しながら、さっきの会話が頭をよぎる。胡椒と塩を間違えるなんて、普通ならすぐ気づくはずだ。でも、彼は自分のミスを認めなかった。何か他の理由があるのかもしれない。  ふと思いついた可能性が頭の中をよぎる。 「もしかしてですけど、塩と胡椒のビン、蓋が緑と赤になっていませんか?」私は運転しながら、さりげなく尋ねてみる。  後ろから驚いた声が返ってきた。 「そうです! どうして分かったんですか?」  私は少し微笑みながら、さらに話を進める。 「もしかすると、その男友達、色盲かもしれませんね。緑と赤の区別がつかないことがあるんです」 「えっ、色盲……?」  女性は驚きながら、その可能性を考え始めた様子だ。私は言葉を続ける。 「色盲の人は、赤と緑の区別が難しいことがあります。だから、塩と胡椒のビンを見たときに、彼にはどちらがどちらか分からなかったのかもしれません。それで、彼自身は間違えたとは思っていないんじゃないでしょうか」   「なるほど…そういうことですか……」  女性は納得したように、小さくうなずいている。私はさらにアドバイスを加えた。 「今度から、ラベルを貼ってあげたらどうでしょう。『塩』とか『胡椒』とか、文字で区別できるようにすれば、きっと間違えることはなくなるはずです。ただ、彼が色盲だと知られたくないかもしれないので、さりげなく配慮するのがいいかもしれませんね」  女性はしばらく考え込んでいたが、やがて微笑みを浮かべた。 「確かに、それが一番良さそうですね。彼、そういうことを気にしそうですし……。ありがとうございます。そうします」 「お役に立てたなら何よりです」私は軽く笑いながら答えた。  女性は気持ちが少し軽くなったのか、窓の外を眺めながら穏やかな表情をしている。目的地まであと少し。車内には心地よい静けさが流れていた。  やがてタクシーが目的地に到着すると、女性は財布からお金を取り出して私に手渡した。 「本当にありがとうございました。気持ちがスッキリしました」 「いえ、こちらこそ。さりげなく配慮してあげてくださいね」私はそう言って、タクシーのドアを開けた。  女性がタクシーを降りると、私は再びハンドルを握り、次の乗客を迎えるためにタクシーをゆっくりと動かし始めた。車内に残る微かな温もりが、さっきの会話の余韻を感じさせる。日常の中で、小さな謎が解けた瞬間の静かな満足感が胸に残っていた。
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