小さな画家

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小さな画家

 それは晴れた土曜日のことだった。いつものように駅前のタクシー乗り場で客待ちをしていると、一人の子連れの女性がこちらに向かって歩いてきた。彼女はどこか焦りを感じさせるような足取りで、少し疲れた表情をしている。 「どちらまででしょうか?」 「大木病院まで。あの、場所分かりますよね?」  女性は乗り込むや否や、心配そうに身を乗り出してきた。その様子から、彼女が過去に同じようなことで困った経験があるのだろうとすぐに察した。私は落ち着いた声で答える。 「もちろんです、ご安心ください」  その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情がわずかに和らぎ、安堵したように背もたれに体を預けた。 「前に大木病院を知らない運転手さんがいたんです。若くて、経験が浅いからでしょうけど」  私は頷きながら、かつて自分が新人だった頃を思い出していた。道を覚えるのに苦労したことは数知れない。経験を重ねて、ようやく今の自分がある。それにしても、大木病院を知らないというのは、なかなか厳しいものだ。その若者はまだこれからだな、と思いつつ運転席のバックミラーに映る女性の顔をちらりと確認する。
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