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「こら、玲央、大人しくしなさい。」
ふと後部座席に目をやると、小さな男の子がシートベルトを引っ張っては離し、遊んでいるのが目に入った。好奇心旺盛な年頃なのだろう。シートベルトの弾力で遊んでいる姿がなんとも無邪気で微笑ましいが、このままでは出発できない。母親が無理やりベルトを締めると、子供は頬を膨らませ、反抗心を隠そうともしていない。
車内は再び静まり返った。どうやら母親はあまり会話をするタイプではないらしい。私も特に話しかけることなく、ラジオから流れる音楽だけが車内に響く。その静寂を破ったのは、後部座席の男の子の声だった。
「おじさん、僕ね、画家なんだよ」
不意を突かれた私は、少し驚きながらも笑顔で答える。
「画家? それはすごいね。絵を描くのが好きなのかい?」
「うん。学校の写生大会で一位を取ったこともあるんだ!」
その言葉に、私は自然と感心の声を漏らす。
「それはすごいね。頑張ったんだね」
母親は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「この子、どこに行ってもその話ばかりするんです。聞き飽きてしまいました」
母親はそう言いながら、ほんの少し困ったような顔をしている。しかし、子供が自分の長所を誇らしげに話す姿を見ると、心の中では誇りに思っているのだろう。
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