第三話 うっかりミス

1/7
前へ
/22ページ
次へ

第三話 うっかりミス

 アルバイトを雇った。浦安駅の隣の南行徳に住む、工藤美月(くどうみつき)さんだ。二十歳の大学生だ。祖父の代まで魚屋の家系だったという事もあり、魚の知識はバッチリだ。それに、酒好きとあっては、これ以上の適任者はいないだろう。しかも、着付けが趣味だと言う。  どうりで、あの日、振り袖姿の所作が美しかった訳だ。相当に着慣れていないと、ああは振る舞えない。一応、初来店の後日、正式に面接をして、採用となった。  シラフでも、あの日会った時と変わらない様子だった。やはり、酒も強いという事が分かった。着物で働きたいと言うので、快諾した。たったひとりで切り盛りしてきたこの店にも、これで紅一点、華やぐというものだ。 「おーい、こっち、生ビールじゃなくてハイボール頼んだんだけど!」 「申し訳ございません!」 テーブル席の前で美月さんが頭を下げた。 「おーい、治ちゃーん、新人さん、キッチリ教育しといてよー」 「すみませんね、後でキツく言っておきますんで」 そう言って、俺はサービスのマグロの角煮をそのテーブルに運んで、常連さんに詫びた。茹で蛸みたいに気持ちよく真っ赤になったその客が帰ってから、美月さんは俺に謝ってきた。 「長谷川さん、すみませんでした!」 美月さんは真面目だ。慣れない仕事だ。当然ミスもある。しかし、その度にきちんと現状を受け止め、前を向く事を忘れない。そんな姿を見たら、職人気質の俺も、声を荒げて叱責する事がナンセンスな事くらいは理解できる。 「まあ、気にするな。ついウッカリって事もあるさ。オーダーは次から注文用紙を使ってメモを取るようにしよう」
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加