第二話 振り袖姿の一見さん

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そう言って、その女性は少し気恥ずかしそうに笑った。これはこれは……。完全に参った。なんという博識ぶり……。若干の悔しさまで覚えた。この女性、デキる! 彼女は、小鉢が残り半分くらいになったタイミングで聞いた。 「メニューはありますか?」 呆気にとられて俺も気が回らなかった。次のお酒だろうか? それとも、肴だろうか? 「申し訳ないんですが、うちにメニューは置いていないんですよ。酒の肴は、その日オススメの魚料理を提供しております。もちろん、枝豆とか、ご希望であれば普通の肴も出しますがね」 俺がそう言うとその女性は、あどけなさの残る整った顔立ちで微笑んで言った。 「それじゃあ、その『オススメ』と、それに合う日本酒をください」 気が付けば、手元の片口に煌めく酒はあと半分ほどだ。どうやらこの女性、グルメで博識なだけでなく、酒も強いと見た。俺は聞いた。 「嫌いな食べ物はありませんか?」 すると、これまたニッコリとして、彼女は答えた。 「ありません。ちなみに、嫌いなお酒もありませんよ」 真っ直ぐ俺を見つめるその様子、「何でも来い!」といった感じだ。自信満々と見た。この勝負、受けて立とう。  俺は少し意地悪をしてみたくなった。と言うより、稀に見る居酒屋の優等生みたいなその子の限界を見てみたくなったのだ。  鮮度の良いキンメダイが入っている。そのお頭で煮付けを作ってみようと思った。  金目鯛は皮目が旨い魚だ。一等良いものを出すなら、皮付きの身を使った湯霜造りが定石だろう。しかし、敢えてそれを選択肢から除外した。  キンメダイの真骨頂は、その大きな目玉でもある。その旨みを最大限に引き出すのなら、お頭を煮付けにするに限る。見た目はグロテスクだし、そのプルプルとした食感は好みが分かれる。食べ方だって難しい。
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