第三話 うっかりミス

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 普通、お通しに奇をてらった料理を出すのは御法度だ。万人受けする、いわゆる「普通」の料理を出すのが鉄則である。  しかし、うちの店は基本的にそれをしない。その代わり、お通し代は頂かない。それは、俺のポリシーだ。  魚には希少部位がある。そう、例えば、今回みたいな胃袋だ。小さなその部位は売るほどは取れないが、これがまた旨い。それをひとりでも多くの人に知って欲しいのだ。  だからこそ、こうして小鉢でごく少量ずつ、実質無料でお通しとしてお出しするのだ。最初は皆驚く。だが、それを食べた後、その顔は大抵驚きから喜びに変わっているものだ。  今回のような根魚、つまり、海底の障害物などに潜む、活発に動かない類いの魚の胃袋は旨い。  ただただじっとして、目の前に来た獲物を、その大きな口で一飲みにするのだ。待ちの姿勢で数少ないチャンスを狙うのだ。チャンスが少ないだけに、狙う獲物も大きくなる。すると、自分の体に対して大きめの獲物を消化しなくてはならない。その大物を消化すべく、必然的に胃袋が発達するのだ。  調理方法は簡単だ。まず、胃袋を裏返して内容物を取り除き、ヌメりを包丁でしごき取る。そして、そこに粗塩をまぶして残ったヌメり気を完全に除去する。そうしたら、さっと湯にくぐらせて細切りにして、あとはポン酢や酢味噌なんかで和えれば一品の出来上がりだ。  沖縄でよく食べる豚の耳、いわゆるミミガーのようにコリコリとした食感で、その食感の中にサザエを思わせるような苦みの利いた磯の風味が顔を覗かせる。  三・二キロのウッカリカサゴから取れる胃袋は握り拳よりも二回りほど小さなものだ。その希少性は凄まじい。
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