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常連の友人達は恐る恐るそれを口に運び、ゆっくりと味わって咀嚼した。その間、無言の時が流れた。
俺には分かる。その磯の香りを存分に味わうべく、無口になっているのだ。少しの間をおいて、それを濃いめに作ったホッピーで流し込んで、そのひとりは言った。
「治ちゃん、毎度ながらゲテモノ食わせやがって」
言葉とは裏腹に、その顔は綻んでいた。それは「旨い」のサインだ。そして、もう一人が言った。
「治ちゃん、今日のオススメは?」
「ウッカリカサゴの刺身とカルパッチョだな」
「それじゃあ、両方もらおうかな」
俺の店は和洋折衷だ。何を作るにも魚が起点となる。別に、枝豆やだし巻き玉子なんかも出せる。もちろん、希望があれば作らなくもないし、もっと言えば、お通しだって材料が切れたら普通のものに切り替える。
特段の要望が無ければ、魚料理を食べて欲しい。それが本音ではあるのだが、数量に限りがある。だから魚料理を存分に堪能したい常連客は、比較的早い時間に来店する事が多い。
俺は刺身を切り分けたタイミングで美月さんに言った。
「美月さん、休憩だ」
彼女は戸惑いながら言った。
「えっ、でも、これから忙しくなる時間帯じゃ……」
「いいんだよ。それより、まかないだ」
俺はそう言うと、ウッカリカサゴの刺身と茶漬けをお盆に乗せた。そして、彼女にそれを持って奥の休憩室に向かうように促した。彼女はそのお盆を見て、つぶらな瞳を輝かせていた。
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