第一話 鮭の皮論争

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 そこは、東京と千葉県を隔てる旧江戸川を挟んで東側。つまりは、東京寄りのギリギリ千葉県である。そう、浦安市だ。東西線浦安駅から徒歩三分。雑居ビルの間にある、こぢんまりとした小料理屋。  ひっそりと、そして煌々と輝く赤提灯に、屋号の「魚の肴」と書かれた暖簾。それらが出ていれば「今日はやってます」の合図だ。「不定休」と言えば聞こえは多少マシだが、実際は俺の気分と仕入れ状況次第で営業している。  やりたいときにやるし、やりたくないときはやらない。魚は仕入れが命だ。良質な食材がない時は、店をやらない。やるからには完璧な食材で勝負をしたい。  俺の名前は長谷川治(はせがわおさむ)。三十七歳。父親は随分前に引退したが、銚子で漁師をやっていた。そんな事もあって、幼少期から魚には縁があった。三十二歳で脱サラして、ここ浦安で小料理屋を始めたのだ。  浦安には数年前まで魚市場が存在したが、残念ながら閉場してしまった。それでも、それ以降、少し場所を変えて逞しく営業を続ける魚屋もある。  そんな魚屋の中で、信頼の置ける仕入先がひとつある。品揃えは限られているが、そこには目利きの店主がいる。俺は彼を、敬意を込めて「船長」と呼んでいる。そこで、その日に並ぶ魚種を入念に品定めする。俺はその食材を最大限に活かして料理を作るのだ。もっとも、俺の気分が乗ればの話だが……。だから、お決まりのメニューはないし、予約も受け付けていない。そんな店に来るお客さんは実に多種多様なのだ。
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