第二話 振り袖姿の一見さん

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「不公平ですよね……」 突然彼女の口から言葉が溢れた。既にどこかで飲んできたのだろう。透き通るように白いであろうその肌は顔から首元までうっすらと上気していた。 「どうしたんです?」 「私、市川市民なんです。最寄り駅は南行徳で……。隣の駅の、ここから歩いても行ける、すぐそこの。今日、どこで成人式やったと思います? 普通の市民ホールですよ? それが、隣の浦安市民ときたら、成人式をネズミーリゾートで行うらしいじゃないですか。こんな差別、あんまりです」 確かに、落差は大きい。その類いの不満はよく聞く。一生に一度の晴れ舞台が住む場所で区分けされてしまい、しかもその境界線が目と鼻の先ともなれば悔しさは倍増だろう。しかし、こればっかりはどうしようもない。所作に反して、やはり中身は年相応だなんて思い、俺は少し笑ってしまった。 「それはごもっとも。せっかくですから、お通しくらいはアップグレードしましょうか。カワハギの肝和えです」 そう言って俺は、カワハギの身を細切りにして肝で和えた小鉢を出した。それは、イカの塩辛のような見た目をしている。  大抵、若い女性は「うわーこれ何ですか?」と無垢な質問をぶつけてくるものだが、その女性の反応は違った。  その不慣れであろう、ちょっと贅沢なお通しについて何も質問をしてこなかったのだ。その代わりに、キラキラとした目でその小鉢をウットリと眺めて、俺にお礼を述べた。その目は、その小鉢の価値を完全に理解している目だった。少し面食らった。俺は続けて言った。 「飲み物、どうします?」
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