第二話 振り袖姿の一見さん

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「じゃあ、これに合う日本酒、ください!」 これは驚いた。こんな店にひとりで入店した事にも驚きだったが、一杯目から日本酒を希望するとは恐れ入った。  これは難題だ。少し話は逸れるが、「カワハギの旬はいつでしょうか?」と問題を出すと、少し魚を知っている人間は大抵、「冬」と答える。肝に脂が乗り大きくなり、コクが出るからだ。いわゆる「肝パン」のカワハギと言ったら、寒い時期の定番だ。  しかし、実際、この問題の解は複雑だ。答えは「肝は冬、身は夏」なのだ。実は身の旨みが最高潮に達するのは、肝が充実しない夏なのだ。  だからこそ、この女性の質問の解も難しい。カワハギの身質はアッサリ、肝はコッテリ、その組み合わせにぶつける日本酒、という事になると、実に悩ましい。  ただ、一杯目を待つ客を前に考え込む訳にもいかない。既に飲んでいるという状況も加味すると、やはりすっきりキレのある超辛口で一口ごとに口内をリセットして、その濃厚な肝の旨みを繰り返し堪能して欲しかった。俺は緑の一升瓶をカウンターに置き、言った。 「こちらの日本酒度プラス十八の超辛口はいかがでしょうか」 その女性は若干赤い頬をさらに少し赤らめて、ニッコリと頷いて言った。 「お願いします」
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