第二話 振り袖姿の一見さん

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 俺は錫製の一合片口とお猪口を差し出し、片口になみなみとその日本酒を注いだ。その瞬間、まるで檜の森林を思わせるようなフレッシュな香りがほとばしった。その液体は白く柔らかい金属光沢に包まれて、穏やかに揺らめいていた。  その女性はカワハギの肝和えを小さな口で頬張ると、言った。 「美味しい!」 彼女の感想はそこまでだと思ったが、またまた面食らった。口に含んだそれをゆっくりと味わい、その余韻が鼻から抜けるのを存分に楽しんでから、続けて言った。 「カワハギの肝は、やっぱり冬ですね。アッサリとした身に、このウニのようにコッテリとコクのある肝がマッチしていて、素晴らしい珍味のハーモニーです。さすが、『海のフォアグラ』なんて言われるだけありますね」 驚いた。まるで美食家のようなコメントだ。彼女の感動は終わらなかった。その余韻を楽しみながら日本酒に口をつけると、再びその小鉢を堪能した。 「これ、ホンカワハギですよね。ウマヅラハギとかウスバハギみたいな水っぽさがなくて、旨みが凝縮されていて……。こういうお店で『カワハギです』なんて言って出てくるのって、大抵は廉価版のウマヅラハギですから。でも、それを単なる『カワハギ』って言って『ホンカワハギ』を提供して下さるなんて、ホンモノ志向の素晴らしいお店ですね」 言ってから何かに気が付いたのか、彼女は慌てて注釈のように付け加えた。 「でもまあ、関西ではホンカワハギよりもウマヅラハギの方が珍重される事もあるんでしたっけ……。水っぽいなんて言ったら関西の方に怒られちゃうかも」
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