第一話 鮭の皮論争

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第一話 鮭の皮論争

 「ちょっとケンちゃん! 貧乏くさいからやめて!」 「何が?」 「何って、シャケの皮なんか食べて」 「えっマリちゃん、皮食べないの?」 「食べる訳ないじゃない。信じられない!」 そう言うと、その若い女性はカウンター越しにこちらを見た。それは、同意を求めるが如く、自信に満ちた、気の強い女性の目線だった。これは大変な論争に巻き込まれてしまった。焼き鮭の皮を食べるかどうか。それは相容れないふたつの思想を分断する、大変奥深い永遠のテーマだ。  皮を食べない派の意見は概ねこうだ。グニャッとした食感が気持ち悪い。生臭い。食べにくい。そして、貧乏くさい、汚らしいなんて意見もある。  一方で、皮を食べる派の意見は概ねこうだ。パリッとした食感と香ばしさが良い。その食感の後にジュワっと広がる旨みが堪らない。そもそも、食べ物を無駄にしなくて済む。  もちろん、俺は皮を食べる派だ。何たって、魚の胃袋を食べるくらいの人種だ。当然、焼き鮭の皮も食べる。多くの魚はその皮目に旨みを凝縮している。  鮭だって例外ではない。そこを食べないのはもったいない。食感が賛否分かれるのは分かる。皮の表面はパリッと仕上がるが、皮の下、いわゆる皮目と呼ばれる部分はコラーゲンの塊だ。パリッとした皮の下はどうしてもグニャっとした食感になるが、それを「ジュワッと旨みが広がる」なんて表現する人もいる。結局は好き好きなんだろうが、なんとも悩ましい問題だ。
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