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「算数のテストで百点取りたーい!」
低山に囲まれた一つの集落に、女子の声が響き渡る。それは校舎裏に佇む小山から叫んだものだった。
徒歩十五分程で頂上まで辿り着けるこの場所は、俺達小学生の最高の遊び場だ。
ここは一般的な村だが、一つ変わったことがある。それは。
『不得意な文章問題に励むが良い』
このように山に向かって叫んだことに、返答がくることだ。
その声は言葉を発した当人と異なり、大人の女性を感じさせる透き通るようなもので。その返答も、明らかな意思を感じさせるものだった。
「新作ゲームが欲しーい!」
次は、男子が山に向かって叫ぶ。すると。
『母上の言いつけを厳守せよ』
『試験答案の返却がなされていないの偽りは、とうに知れておる』
『誠心誠意、詫びろ』
と返ってきた。
「げっ! 母ちゃん、知ってるの! やべー!」
その返答にヘラヘラとする男子を、一緒に聞いていた俺達は皆で笑う。
その場居るのは男子三人、女子三人の六人。
この小さな集落には子どもが少なく、小学五年生は俺達六人だけ。
だからこそ俺達全員仲が良く、こうやって学校が終わった後に夕暮れまで遊ぶのが日課だった。
特にハマっているのは、校舎裏に佇む小山で遊ぶこと。
山中で行う本気の鬼ごっこ、かくれんぼ。そして『木霊様』に話しかけることだった。
木霊様は古より存在され、子どもを守ってくれる山の精霊だと言い伝えられている。
その姿を目にした人間は居ないらしいが山に向かって話しかけると返事をしてくれ、願いや相談をすると反響した声ではなく返答が聞こえるのだ。
直接的に願いを叶えてくれるわけでも、相談事を解決してくれるわけではないが一番の解答をくれる。
それどころか子ども一人ひとりをしっかり把握していて、先程みたいに本人すら気付いていないことまでもを教えてくれる。
だから、木霊様に嘘偽りなど通じないのだ。
「じゃあ、最後は紅葉の番だな?」
「……あ、うん」
俺の声に小さく返事し、モジモジしながら前に出てきたのは女子三人の中で一際小さい、近藤 紅葉。
丸顔に加え肩までの髪を二つに括っており、より幼く見える。
いつもと同じく木霊様に「こんにちわ」と声をかけた紅葉は、願いも相談もせずに挨拶だけで終わらせる。
以前より木霊様に『気持ちを言葉にしてみろ』と返されても、そのままだった。
まあ、俺達の前では言えないこともあるよな。
そんなことを考えていると気付く、木霊様の返事がないと。
「あれ? 木霊様ー! 紅葉が挨拶してますよー!」
しっかり者の女子二人が代弁しているが、それからも木霊様は紅葉の挨拶だけに返事をしなかった。
それにオロオロし泣き出すのを女子二人は宥め、とりあえず今日は帰ることになった。
しかしそれからも校舎裏の山より木霊様に声をかけるが、同様のことが続いた。
なんだよ? なんなんだよ? 確かに紅葉はホワンとしててハッキリ物心言えねーけど、それがこいつなんだよ。
無性に苛ついた俺は決意する。
「木霊様に会って、なんで紅葉だけ返事しねーのか聞いてやる!」
そう思い俺は周辺の山を片っ端から登り、木霊様を探した。
しかし誰も見たことのない存在など、当然ながらそう簡単には見つからず。気付けば夏から秋へと変わり紅葉が彩る季節となっていた。
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