第一章『親の居ぬ間に』

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 三十過ぎたらあっという間よぉ、と昔の誕生日会で夏子さんが私に言った通り、三十代はあっという間に過ぎて行ったとしみじみ思う、誕生日会後の母屋の縁側で寛ぐ私。  三十代のカウントダウンがもうすぐ終わるなぁとぼんやり庭の池を眺めながら思う。  誕生日会は午前と午後の少しに跨って恙なく終わり、天彦は雛壇の支度の為にすぐに屋敷を出て行った。  洸姫は本殿の離れで、香本さんにべったりと張り付いている。  私が知らないところで二人は親交を深めていたようで、将来は本殿の巫女になるという選択肢を洸姫は増やしていた。  天彦が居るなら火之も居るだろうから、自分は火之の為の巫女になるのだと言う。  巫女になると清い恋愛はともかく結婚は出来ないわよと言っても、別に構わないとあっけらかんとしたものだ。  洸姫はまだ中学生で、これから人生を歩む中で運命の出会いがあってもおかしくはない。  安易に巫女になると宣言をして後悔するのは目に見えていたので、洸姫にはせめて高校を無事に卒業してから決めるようにと玉彦も私も説得をしていた。  だって、巫女って。  親として、簡単に賛成できるものじゃないのだ。特に正武家の本殿の巫女は。  洸姫は火之という神様だけしか知らないが、本殿の巫女ともなれば様々な神様と縁が出来る。  火之一人だけ特別扱いせず、平等に接するのがまず第一なのだ。  洸姫の様子だとそこからもう既に危うい。  ぶっちゃけてしまえば、洸姫が正武家屋敷に残るのは親としては大歓迎なのだけど、やっぱり大人になって自分の家族を持ったり、一人でも自立して生きていけるようになってほしい。  澄彦さんが無責任に大賛成しているのは可愛がる役目だけの祖父だから。  玉彦と私には洸姫の将来はちょっとした悩みの種だった。  それにね、天彦が結婚してお嫁さんがお屋敷に来たら、洸姫という小姑の存在は如何なものかと思うのよねぇ……。
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