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このままだと埒が明かないし、何よりもさっきの須藤くんの様子だとある程度の時間が経ったら、地下書庫に籠っている玉彦へ報告へ行きそうな感じだったので、私は出来るだけ明るく話を切り出した。
たぶんきっと一太くんは私がどこまで知っているのか、本当に知っているのか疑っているようだし、ここはひとつ知ってるよと匂わせることを言わねば。
「君は蔦渡一太くん。それ以上でもそれ以下でもない。それだけは何があっても揺るがない」
私が横顔を見ながら言うと、ようやくこちらを向いた彼はちょっとだけ口を開き、何かを言いかけ、また俯いた。
あれ。私の予想が外れたかなと若干心配になったけど、一太くんの握り締めた手の甲にぽとりと涙が落ちた。
相当思い詰めてしまっていたようだ。
「オレは……っ」
「うん」
「普通の人間でいたいっ」
「うん。それで良いんじゃないの? だからこそ選択肢があるわけだし」
勇気を振り絞って言ったのに私があっけらかんと答えたものだから、一太くんはぽかんとして私を見た。
「そもそも普通の人間って何よって話。君が迷ってるレベルの話で言うなら、私だって正武家の一族だって稀人たちだって普通じゃないわよ。あとは、見た目の問題かしらねぇ」
私は頬に左手を添わせて、在りし日を思い浮かべた。
「あの頃お父さんの雄一くんはまだまだ貫禄不足だったけど、お祖父ちゃんの方は翼の一振りで竜巻を起こしてしまいそうなくらい猛々しくてカッコ良かったわよ。うん、ぐわーって感じで凄かった!」
一太くんの父親である蔦渡くんのあの姿での初対面は、居間で横向きで寝転がって片腕で頭を支えながら空いた手でお尻を掻きだしそうな感じの後ろ姿で、あんな姿なのにタブレットを使っていたというある意味衝撃的な光景だったのだ。
「自由自在に天狗に変身できるだけであとは何にも変わらないと思うけど」
私がそう言うと一太くんは眉をへの字にさせてしまった。
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