0人が本棚に入れています
本棚に追加
奇妙な行動は次の日も。
優月が通う塾の前でまたケイに遭遇したのだ。
「少しでも会いたくて」 と聞いて優月はゾッとした。
「…私、塾があるって…サボるわけにはいかないよ? わかるよね?」
「わかってるよ。ここに来るの、迷惑だった?」
ケイの執拗さがどこか怖く、接し方がわからなくなった。
こんな気持ちで付き合い続けるのは無理だ。
「私たち、別れた方がいいと思う」
突然の別れの言葉に「え? なんで?」 と、ポカンとなるケイ。
「お互い成績に影響出たら良くないし」
「そんな理由、納得できない!」
ケイは声を荒げた。
優月はもやもやしていた気持ちを正直に話すことにした。
「映画に行った時、学生証を落としたでしょ。誕生日がチラッと見えた。5月30日だった。私には6月30日って言ってたよね?」
「そ、それが何? ちょっと間違っただけだ。誕生日が違うから別れるっていうの?」
自分の誕生日を間違う?
嘘をつく必要でもあったのかな。
5月30日だとふたご座。
ひまりと同じふたご座でさそり座との相性は良くない。
優月はハッとした。
「私が占い好きだから…? 星座に合わせて誕生日を偽ったってこと、ないよね?」
ケイの誕生日を尋ねたのは出会ってすぐだ。
占いが好きだと話したのはそれより後だから可能性は低いけど。
あともうひとつ引っかかっていることがあった。
「それに、ニーチェの本…」
「ニーチェの話はもういいでしょ?」
ケイはうんざり顔で話を遮った。
「ほら…あまりにも興味なさそう。読んでから気に入らないってこともあるかもしれないけど。あの時、どうしてあの本に手を伸ばしたの?」
ケイは下を向いて黙り込んだ。
優月はあの書店での行動を思い返す。
冷静になると、新書でもないのにタイミングよく同じ本を取るだろうか。
私が手を伸ばしたのを見て、わざと同じ本に触れたとか…?
もしかして、最初から…?
後ずさりする優月。
「とにかく、私たちもう終わりにしよう、ね」
ケイが言い返す間もなく塾のビルに向かって駆け出した。
呼び止められた気がしたが、振り返らなかった。
こうして、優月の短い恋は静かに幕を下ろしたのだった。
***
次の日、優月はひまりに別れたことを報告した。
ひまりは特に驚かず、あっさりしていた。
「そっか。しょうがないよ。今でよかったじゃん。これでテストに集中できるもんね。もう連絡もないんでしょ?」
優月は虚しく微笑む。
ケイとは、運命ではなく幻想だった。
恋への憧れから勝手に作り上げた夢だったのだ。
「それよりさぁ、テストが終わったらバレンタインだね? チョコどうする? 誰かにあげるの?」
そうか、そんな時期なんだ。
優月は「ひまりにだけ」と答えた。
「そっか。あたしもユツキとシュンに友チョコね」
「山崎くんにも?」
「しょうがないよ。毎年恒例だから」
バレンタインデーか…。
ひまりにどんなチョコを贈ろうかな、と考えると―。
テストが終わるのが楽しみになった。
最初のコメントを投稿しよう!