運命の一冊

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 えぇーと。  この書架が日本文学で、その隣りが西洋文学と。  確か、このさらに奥にあるって言ってたよな、たしか彼女は。    あ、ここだな、トンデモ文学って。  どれどれ、ふんふん。  確かに、古今東西で分類が不可能な、ぞくに言う『トンデモ本』ていうジャンルの本が書架いっぱいに並んでるなんて、ちょっと壮観かも。  メガネの位置を人差し指で直した長身の男子高校生は、書架の上から下までじろりと見わたしてから、感心したようにつぶやく。  しかし、普通の高校の図書室になんでこんな本が置いてあるんだろう。確か卒業生の中に不思議SF小説を書いてた人がいて、その人の収集した蔵書が寄贈された、とかなんとか、って噂を聞いたことあるけど。  あれは、よくある都市伝説じゃなかったんだ。  ひとしきり独りごちた後で、彼はおもむろに書架の端の一番人目の入らなさそうな場所に目を止める。  さてと。確かこの場所に、彼女が言ってた『運命の一冊』があるはずなんだけど──  彼が背を伸ばしてつかんだ一冊の本。ハードカバーは真っ黒で、背表紙には何も書かれていない。ただ一か所、学校図書であることを示す管理番号が入ったラベルが貼ってあるだけだ。  ずっしりと重いその本をそっと書架から降ろして、書架に囲まれ間接照明でうす暗い場所で、まじまじと眺める。表表紙にも裏表紙にも、題名や作者名は記載されていないように見える。  でも、管理番号:ZZZー99999、これだよな、彼女が言ってた本。  彼は、その本を大事そうに胸に抱えて、LED照明で明るく照らされている閲覧エリアに向かう。  彼女の言う通り、なんとなく別の本とは違うオーラが出てる気がするけど。でも、所詮は学校図書だもの、所有者に呪いがかかったり、読んだら目がつぶれたりは、しない、よな。  誰にも声をかけられないように閲覧エリアの一番端の席に座って、すこし腰を引きながら、おそるおそる本を開く。しかし、最初のページには、普通の文字がおどっていた。  なぁーんだ、普通の本じゃないか。緊張して損したかな──  しかし、彼がページをめくるたびに、安心していた顔はどんどんと青くなっていく。そこには、彼が今日取った行動が一言一句もれなく記載されていたから。  そう、たとえば。  朝トイレに行こうとして、姉貴に先を越されてオシッコを我慢する羽目になったこととか。  今朝の電車のなか、同級生の彼女と会話をしている時に、『運命の一冊』のことを教えてもらった、とか。  彼女いわく、その本には、本を読んでいる者の人生が描かれているのだそうだ。しかも、自分の過去だけじゃなくて未来も。  彼は、おそるおそる少し先の、数か月後にあたる未来のページを開いた。  そこには、彼とクラスメートの彼女とが喧嘩別れをしてしまう、と書いてあった。そしてそれ以降どのページを開いても、彼女に関する記述は一文字も現れてこない……  彼はそれを読むと、腕を組んで目をつむる。  それから、何かを決断したかのように、大きく息を吐いて目を見開く──  彼は筆箱から急いで筆記用具をとりだし、『彼は彼女と喧嘩別れをしてしまう』の文章を二本線で消すと、『彼は彼女にあやまり、彼と彼女の交際は続く』と書き足す。  そうしてから、それ以降のページをもう一度見返して、自分の思うような未来になっているのを確認すると、安どの色を浮かべてその本を元の場所に戻し、図書室を後にする。  本棚の陰から、彼の行動の一部始終を見ていた女子高生は、彼が図書館から出ていくのを確認する。  そして、彼が棚に戻した『運命の一冊』を取り出し、そこに書かれている自分の運命を、あらためて読み直す。そこには、以下のように変更された未来が真新しい文字で書かれていた。  『彼が先にあやまってくれたので、彼と喧嘩別れせずに、交際はつづく』  彼女は嬉しそうに、何度もその文章を読み直してから、彼を追いかけるように慌てて図書室を出ていった。 (了)
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