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「…実はな…アムンゼン…」
「…なんですか? 矢田さん?…」
「…私は、うっかり、店主の機嫌を損ねて、しまったかも、しれんさ…」
「…どうして、そう思うんですか? ボクの見るところ、矢田さんは、店主の機嫌を損ねるようなことは、していませんが…」
「…いや、したさ…」
「…した? なにをしたんです?…」
「…あの店主、私たち3人が、この店に入って来たとき、大人の私やオスマンではなく、子供のオマエに挨拶しただろ?…」
「…ハイ…しました…」
「…だから、どうして、そうしたんだと、今聞いたら、事前に、子供が、一番偉いと、聞いたからだと、店主は、答えたろ?…」
「…ハイ…」
「…実は、私は、もっと、違う答えを期待していたのさ…」
「…違う答え?…」
「…例えば、一目見て、オマエが、一番、偉いとわかったとか?…」
「…どうして、一目見て、わかるんですか? 初対面なのに?…」
「…オーラさ…威厳さ…私は、それを、店主が、感じたと、思ったのさ…」
「…」
「…でも、実際は、違った…それで、私は、ガッカリしたんだが、その私の表情を見て、あの店主が、もしかしたら、そのガッカリした表情が、ラーメンが、期待外れだと、思ったら、困ると、思ってな…」
「…期待外れ?…」
「…そうさ…」
私が、言うと、アムンゼンと、オスマンが、互いに顔を見合わせた…
それから、オスマンが、
「…矢田さん、それは、考え過ぎじゃ…」
と、口を開いた…
「…考え過ぎじゃないさ…」
私が、言うと、またも、アムンゼンとオスマンが、顔を見合わせた…
それから、アムンゼンが、
「…矢田さんは、つくづく日本人ですね…」
と、感嘆した様子で、言った…
「…それは、どういう意味だ?…」
「…小さなことでも、気になって、極力、相手の気持ちを気遣う…それが、日本人…まさに、矢田さんは、日本人そのものです…」
「…なんだと?…」
「…世界中で、日本人ほど、他人の動静を気にする人種は、いませんよ…」
アムンゼンが、断言する…
「…それに、矢田さんが、そこまで、気にすることは、ありませんよ…」
「…どうして、オマエにそれが、わかる?…」
「…3人とも、ラーメンを食べました…残すこともなく、食べ終わりました…それに…」
「…それに、なんだ?…」
「…ボクたち3人が、ラーメンを食べる姿を、あの店主は、ずっと、見てました…ボクも、オスマンも、この味に感動しました…そして、それは、言葉にこそ、出しませんが、表情に出ているはずです…」
「…表情に?…」
「…そうです…」
私は、それを、聞いて、安心した…
心の底から、ホッとした…
正直、誤解されるのは、嫌…
嫌だからだ…
これは、どんな人間も、同じ…
同じだ…
例えば、若い男女の間で、
「…好き…」
とか、
「…嫌い…」
は、誰にだって、ある…
しかしながら、誰もが、
「…好きでもない、人間に、好きだと誤解されたり…」
真逆に、
「…好きな人間に、嫌いだと、誤解されたら…」
たまったものでは、ないからだ…
そして、そんなことは、ありえないと、思うかも、しれないが、現実は、違う…
案外、身近にありえるものだからだ…
私の身近でも、かつての会社の同僚の男が、偶然、街中で、同じ会社の同僚の女を見かけて、その同僚が、恋人と、歩いているのを、目撃したことがあるそうだ…
会社では、付き合っているひとは、いないと、公言していたにも、関わらず、実際は、付き合っている人間が、いたわけだ(笑)…
まさか、それを、本人に伝えるわけにも、いかず、会社では、誰にも言わないで、黙っていたが、やはり、気になる…
それで、チラチラと、つい、その同僚を見ていたら、
「…あの男は、あの同僚を好きなんじゃ…」
と、根も葉もない噂が、流れて、困ったと、聞いたことがある(爆笑)…
つまりは、誤解…
周囲が、勝手に誤解したわけだ…
そして、そんな例は、枚強にいとまがない…
誰でも、身近に、見たり、聞いたりしたことがある、事例だからだ…
要するに、自分が、考えていたことと、違う展開になる…
自分の思っても、見ない展開になる…
これは、意外に、誰にでも、あるものだからだ…
そして、それは、おそらく、このアムンゼンも、同じ…
アラブの至宝も、同じだと、思った…
おそらく、リンのことを、調べていて、予想もしないことを、発見したに違いなかった…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
だから、私は、アムンゼンを睨みながら、
「…アムンゼン…オマエ、リンのなにを知った?…」
と、聞いた…
私の細い目をさらに細めて、聞いた…
いわば、尋問したのだ…
すると、どうだ?
アムンゼンが、動揺した…
アラブの至宝が、動揺した…
アラブの至宝は、動揺したまま、
「…実は、矢田さん…」
と、切り出した…
「…なんだ?…」
私は、いつのまにか、腕を組んで、アムンゼンの話を聞いてやった…
威厳を出すためだ…
「…リンについて、調べているうちに、よからぬ情報が、入りました…」
「…よからぬ情報? …なんだ? …それは?…」
「…リンは、C国のスパイだと、言うのです…」
「…なんだと?…」
私は、思わず、唸った…
同時に、
…それは、もしや、あり得るかも、しれん…
と、思った…
リンは、台湾のチアガール…
球団に属するチアガールに過ぎないが、台湾中に知られている…
つまり、本人が、自分のことを、どう思おうと、台湾で、一定の影響力があると、いうことだ…
そして、それは、今の時代は、昔の比ではない…
なぜなら、ネットが発達しているからだ…
ネットが発達する以前の時代とは、雲泥に違う…
わかりやすい例で言えば、SNSを駆使すれば、政治にすら、影響を与えることが、できる…
台湾で、圧倒的に人気のあるリンが、
「…今度の選挙は、誰誰を応援しよう!…」
と、書き込めば、その通りにする者が、必ず一定数存在するからだ…
私は、思った…
私は、考えた…
同時に、気付いた…
その情報源は、どこかと、気付いたのだ…
私は、つい、
「…サウジアラビアの情報局が、情報源か?…」
と、聞いた…
つい、聞いてしまった…
つい、口にして、しまった…
私の問いに、アムンゼンは、一瞬、ビクッと、カラダを揺らしたが、
「…その通りです…矢田さん…」
と、認めた…
あっさりと、認めた…
私は、
「…そうか…」
と、だけ、言った…
腕を組みながら、相槌を、打った…
威厳を出すためだ…
少しでも、自分を偉く見せるためだ…
なにしろ、この矢田には、威厳がない…
まるで、ない(笑)…
だから、腕を組み、威厳を出した…
目の前のアラブの至宝が、相談しやすいように、するためだ…
アラブの至宝が、相談するに足る人物になろうと、自分自身を演出したのだ…
私は、
「…やはり、そうか…」
と、繰り返した…
何度も言うように、威厳を出すためだ…
なにもわからない、この矢田が、さも、わかったように、言うためだ…
そのために、腕を組む、必要があったわけだ…
腕を組んで、威厳を出す必要があったわけだ…
そして、私が、一生懸命、威厳を出していると、
「…それは、本当ですか? …オジサン?…」
と、隣のオスマンが、焦った様子で、アムンゼンに聞いた…
すると、
「…本当だ…」
と、アムンゼンが、不機嫌に一言。
「…いつも、近くにいる、オマエが、気付かないで、どうする?…」
と、オスマンを一喝した…
「…だから、いつまでも、オマエは、一人前になれないんだ…」
アムンゼンが、愚痴る…
「…ホントは、ボクは、オマエに…」
と、アムンゼンが、続けるから、
「…まあ、いいじゃないか?…」
と、私は、言った…
「…なにが、いいんですか? …矢田さん?…」
「…オマエ…ラーメン屋で、そんなに、オスマンを叱るな…周りが、見ているゾ…」
私が、言うと、アムンゼンが、慌てて、周囲を見回した…
すると、当然、店主を筆頭として、店の従業員全員が、私たちを見ていた…
私たち3人を見ていた…
なにしろ、貸し切りだ…
店の客は、私たち3人だけ…
しかも、
しかも、だ…
貸し切りにする前に、日本の外務省のお偉いさんが、この店にやって来たという…
外務大臣が、わざわざやって来て、この店を貸し切りにしてくれと、懇願したという(笑)…
当然ながら、そんなことがあれば、一体、どんな客が、やって来るか? 誰でも、気になるに決まっている…
だから、店中の人間の視線が、私たち3人に注がれていた…
一挙手一投足をすべて、見られていた…
まるで、芸能人や、大物政治家になったみたいだった…
いわゆる、注目の的だったからだ…
すると、アムンゼンが、
「…これは、マズい…」
と、突然、口にした…
「…どうして、マズいんだ?…」
「…ボクの正体が、バレたら、マズい…」
「…オマエの正体? …そんなに簡単にバレるわけないだろ?…」
「…いいえ、そんなことは、ありません…今は、誰でも、スマホで、動画をネットにアップできる時代です…ボクやオスマンが、写った動画をネットのアップでもされて、その動画を見たサウジの関係者が、騒ぎ出しでも、したら、困ります…」
「…オマエ、それは、考え過ぎじゃ…」
「…いえ、考え過ぎじゃありません…この日本でも、壁に耳あり障子に目ありということわざがあるでしょ? 誰が、どこで、目を光らせ、耳をそばだてているか、わかりません…」
「…」
「…それに、ボクの正体は、ともかく、このオスマンの顔は、それなりに知られています…」
「…なんだと、知られている?…」
「…オスマンは、王族の中でも、一二を争う、イケメンです…だから、サウジアラビアでも、それなりに知られています…それが、表に出るのは、マズい…」
「…だったら、どうする?…」
「…今すぐ、この店を出ましょう…ラーメンもすでに、食べ終わっています…」
アムンゼンは、言うと、さっさと立ち上がった…
私も、それに倣って、立ち上がった…
たしかに、アムンゼンの言うことも、わかる…
わかるのだ…
スマホで、私たち3人が、仲良くラーメンをすすっている動画を、ネットにアップされたら、たまったものでは、ないからだ…
だから、それに、気付いた私たち3人は、慌てて、店を出ることにした…
そして、私が、会計を済まそうとすると、店の主人が、
「…すでに、外務省の方から、お代は、頂いています…」
と、返された…
「…なんだと?…」
「…まさか、海外のお客様にお金を頂くわけには、いかないからでしょう…」
店主が、説明する…
…そうか?…
…日本の外務省も、なかなか、やるものだ…
私は、感嘆した…
ラーメン代、3杯分、タダになったと、思った…
矢田トモコ、35歳…
今日は、少しばかり、得をした気分だった…
実に、いい気分だった(笑)…
<続く>
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