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残業で遅くなるとか、出張だとか、いろんな言い訳をしてくる夫に「お気をつけて」「頑張ってくださいね」「いってらっしゃい」と笑顔で送り出す妻。
知らないシャンプーの香りがしても、首にキスマークを発見しても見ないふりをする。
そんな私に対して、浮気がバレてないと思っているのか、雄一さんは普通に接してくる。
あまり会話はないが、いつも彼の傍に寄り添っていた。
たまに話しかけられたら凄く嬉しい。
彼の話は熱心に聞くし、褒めることは忘れない。
夫にとって何も文句を言ってこない妻ほど楽なものはないだろう。
彼は自由を満喫しているようだった。
「久しぶりに、雄太を遊びに連れて行ってやろうと思ってるんだ。今度の日曜は雄太、お出かけしような」
仕事から帰って来て、雄一さんはそう言って雄太を抱き上げた。
「どこに連れて行きますか?パパとお出かけできるなんて雄太は喜ぶと思います」
久しぶりの家族水入らずだ。嬉しかった。
買物へ行くのも、公園へ行くのもいつも私と雄太の二人だけだった。
町を歩く家族連れを見て、羨ましいと思っていた。
「動物園へ行こうと思っているから、準備を頼むよ」
雄太は動物園に行った事がない。初めての経験だ。私は胸が躍った。
「暑くなりそうだから、帽子を持っていかなくちゃね。移動は車ですよね?」
「ああ。君は留守番してくれてかまわない」
「……え?」
「いつも、雄太の世話を一人でしてくれているからな。たまにはゆっくりすればいい」
「え……私、も、私も一緒に行きます」
「君は来なくてもいい」
なんと言っていいのか分からず、言葉が出ない。
私は行っては駄目なんだ。
一気に気が沈む。
表情をみられないように、キッチンに向かった。
河合愛梨と夫と雄太……
三人で動物園に行くんだ。
込み上げてくる涙を必死に堪える。
「ありがとうございます。そしたら、私はゆっくりさせてもらいますね」
そういって蛇口から水を流し、食器を洗い始めた。
鼻をすする音が聞こえないように、綺麗な鍋も取り出して、ゴシゴシと底を洗い始めた。
雄太を……取られる。
夫のする事に文句は言わないと決めた。
良妻である自分を演じなければならない。
夫が雄太を連れて行くと言えば、やめてくれとは言えない。
私は震えながら、雄太と雄一さんが動物園へ行くための準備を始めた。
前回の記憶では、雄一さんが雄太を動物園へ連れて行くことはなかった。
一度目のこの時期、私は狂ったように不倫を責め立てていた。
家庭が崩壊する寸前だった。
だから夫が雄太を動物園に連れて行くなんてできなかっただろう。
私がものわかりの良い妻になったせいで、今回の事案が発動した。
未来は変わるんだ。
そう確信する。
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