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それから夫は早く帰宅するようになった。
土日も接待だと言って出かける日はあるが、予定がない休みには雄太を公園へ連れて行ってくれた。
私はできるだけ明るく振る舞い、雄太の話を夫にするように心がけた。
もしかしたら、家族としてやり直せるかもしれないと錯覚してしまうくらい疑似家族ごっこは続いた。
駄目よ、何度裏切られたと思っているの。
前回の人生も含めて、10年以上夫と共に過ごしている。
散々嘘をつかれて弄ばされ、挙句の果てに奈落の闇に突き落とされたではないか。
夫の辞書に改心という言葉はない。
私は自分を奮い立たせた。
今でも夫は水曜と金曜、必ず午前様だ。
少なくとも水曜日は夫の会社はノー残業デーだから、直帰すれば家族3人で夕飯が食べられるのに。
私は夫が出勤してから、田所さんの事務所に出勤している。
ビルから徒歩5分の場所に、良い保育所があり、仕事をしている間は雄太をそこに預けた。
仕事が終わると田所さんがマンションまで車で送ってくれる。
車に自分たちの荷物を乗せてもらって、新居に移動し始めていた。
新しい住まいは3LDKでファミリー向けマンションのような間取りになってる。
今住んでいるマンションよりも広いという贅沢さ。
それもこれも競馬で一財産築けたからだった。
新しい家電に、新しい家具。自分好みのカーペット。
雄太とまだ産まれてもいない美玖の部屋まであるんだから申し分ない。
「改築したのに、田所さんは自分の部屋の間取りは変えなかったんですね」
「ああ、そうだな。広い風呂とかって、掃除が大変じゃない?シャワーがあれば十分だし、一人暮らしにそんな大きな部屋は必要ない」
ビルのオーナーなはずだけど、自分の住まいは極小っていう謎の考え方が面白かった。
喫茶店で毎日食事してるし自炊もあまりしないのなら、彼にとって大きなキッチンは無駄だろう。
小さな住まいは効率的だと言えばそうなるわね。
「探偵事務所はとてもきれいになりましたよね。職場としては居心地もいいですし快適です」
「だよね。美鈴ちゃんが整理してくれたから、資料がかなり減って事務所の中がスッキリした。依頼者が増えたらいいな」
「そうですね。増えたらいいですね」
彼は探偵業をそんなに頑張らなくても生活はできるだろう。
家賃収入があるから田所さんは経済的には困っていないと思う。
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