夫の人生

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「どう転んでも、雄太君の親権を得ることはできません」 「話があるって、その事ですか?美鈴の居場所を教えてくれるんじゃなかったんですか、約束が違う」 田所という探偵は書類とボイスレコーダーを持ってマンションへやってきた。 美鈴の居場所を知っているという話だった。 弁護士からも催促されていた時だったから、藁をもつかむ気持ちで彼を招き入れた。 「あなたの浮気調査を依頼されていました。今回は雄太君の親権について話をしたいと思いやってきました。勿論美鈴さんの許可を得ています」 「ああ……そういうことか」 こいつがあの証拠の数々を集めたんだな。 まったく迷惑な話だ。 「これは、本郷雄一さんと河合愛梨さんが話された内容を、プリントアウトしたものです。会話の録音はあります。スマホのメッセージもありますのでお読みください」 そこには、俺と愛梨が美鈴に子供を産ませて、自分たちが育てようという話をした内容が書かれていた。 また浮気の証拠か。もう慰謝料は払ったんだから今更読んでも同じだろう。 『雄太の親権を取って、二人目も産まれたら一緒に育てよう』 『次は女の子がいいわ』 『性別までは選べない。けど、妊娠期間と生まれてから少しの間は手がかかるから美鈴に育てさせた方が楽だろう』 『雄太君は私に慣れさせた方がいいから、ちょくちょく連れてきてね』 『愛梨が育てたら雄太はやんちゃになりそうだな』 『根暗よりよっぽどいいわよ。奥さんって地味じゃない?早く私の子どもにならないかな』 『そうだな、早く二人の子どもにしたいな』 「おい、これはなんだ!」 俺は目を見開いて書類を握りしめた。 『結婚したら家政婦さんとかシッターさんとか雇ってもいいわよね?私は仕事を続けるつもりだから』 『そうだな。美鈴みたいに家に引き籠って所帯じみて欲しくないしな』 『子供達も、インターナショナルスクールに入れられるわよ。私もそれなりに収入があるから贅沢して暮らせると思う』 「まさか、美鈴には知られてないよな?」 探偵は返事をしない。 『美鈴さんって専業主婦よね?離婚したら生活できないんじゃないかしら』 『慰謝料を払って、追い出せばいいだけだ。パートはしてるみたいだけど時給で働いてるらしいから生活は苦しいだろうな』 血の気が引いていく。 まさか…… 「まさか……これ、この会話を、美鈴も聞いたのか?」 「美鈴さんも知っています」 「こんな……こんな話を、聞いたのか、俺は、なんてこと」 俺は握りしめた拳でテーブルを強く叩いた。 美鈴が、聞いた…… 最低だ。俺は何て最低な人間なんだ。 美鈴はなんで言わなかったんだ。 「本気じゃなかった。そうなればいいなという感じの会話で……美鈴の事を利用しようとか……」 「利用しようとしていましたよね?美鈴さんは知っていました。それでもあなたとの結婚生活を続けていた」 「なんで、なんで彼女はそんな……」 「離婚届と、親権についての書類にサインをお願いします。もうこれ以上美鈴さんを苦しめないで下さい」 信じられない。寒くもないのに震えてきた。 いつの間にか涙が溢れだす。 俺は最低だ…… 「裁判になれば、このやり取りが表に出ます。もうこれ以上、彼女に辛い思いはさせないで下さい」 「すまなかった……申し訳ない。本当に、すまない……美鈴」 テーブルに額をこすりつけるように頭を下げていた。
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