一度目の人生

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「その服どうしたの?」 知らないうちに好みが変わったのか、ブラックの細身のパンツにカットソーもブラック。 黒一色のコーデは彼の趣味ではない。 「買った」 ひと言だけで済まされた。 「貴方が買ったの?誰かのプレゼント?」 「いちいち確認しなくちゃ気が済まないのか?プライバシーの侵害だ」 夫婦の会話は私が一方的に話をするだけで、彼は相槌も打たなかった。 また、浮気が始まったのかもしれないと思った。 少し調べただけで、夫が浮気していることが分かった。 まだあの浮気相手の女と続いているようだった。 妊娠している妻がいるのに、なぜそんな事ができるんだ。 深夜になっても彼が帰ってくるまで毎日寝ずに待っていた。 「今週の土曜日何するの?」 「なにか用事があるの?」 「明日の夜は家にいる?」 「なぜ電話に出なかったの?」 夫は私の質問には答えず、面倒くさそうに自分の寝室へ入って行った。 私は「あなたの子を妊娠しているのよ」と、泣きながら彼の部屋の前で座り込んだ。 相手の女性の事も調べた。同じ職場に転職してきた私と同じ年齢の河合愛梨だった。 彼女はハーフの女性で、誰もが振り返るような美人だった。 私は河合愛梨が住んでいるマンションをつき止めて、部屋の前でずっとインターフォンを押し続けた。 嫉妬に狂った私の行動はエスカレートしていった。 夫の職場に手紙を送り、浮気の写真をばらまいた。 私の行動で彼らの立場が悪くなり、別れてくれると思っていたが、それは違った。 会社は夫と不倫相手に同情的だった。 精神状態がおかしくなった妻に苦しめられている、気の毒な夫だと認識されたようだ。 二人目の女の子が産まれた。美玖(みく)と名付けた。 長男雄太が4歳、長女の美玖が1歳になった時、私は迷惑防止条例違反で逮捕された。 執拗に河合愛梨につき纏い、仕事の邪魔をした事が原因だった。 結果、私が手に入れたものは離婚届けと精神安定剤と子供への接近禁止命令だった。 全てを失った私に残された選択肢は死ぬことだけだった。 医者から処方された睡眠薬を大量に呑んで浴室で手首を切った。
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