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山師の当てたもの
「いらっしゃい」
「ハイ、ジョージ。カフェのマスターもなかなか板についてきたわね」
「だろ? まあ座れよ。面白いもん見せてやる」
隣町の路地裏、客商売をする気がないとしか思えない立地にある、一軒のカフェ。
ジョージはその店のマスターとしてカウンターの内側に立ち、そろそろ三か月になる。
信じられないことに、恐ろしいほどまともな生活をしていた。
清潔な家と片付いた部屋。洗い立てのシャツと、整えられた髪。
彼はビジネススーツすら妖艶なジュリアをカウンター席に座らせると、一杯のエスプレッソを差し出した。
「ちょっと、ラテアートじゃない! いつそんな技身に付けたのよ?」
白いフォームミルクの上には、薄茶色で描かれた見事なハート模様が浮いている。
ジョージは何も言わないが、その顔は自慢げだ。
「こんなことしてたら話題のお店になっちゃうわよ? あんまり目立たなくていいのよ、ここは」
「分かってるけどよ」
「まあいいわ。そうそう、あなたが気にしていた男いるでしょ? 手術、成功して今はリハビリしてるわ」
ジョージはたっぷり間を開けてからほっとしたように「そうか」とだけ答えた。
彼の運命が狂わなくてよかった。娘さんが親を亡くさなくてよかった。
やがて一人の若い男が入店してくると、ジュリアはさり気なく店の奥の部屋へと消えた。
「いらっしゃい」
「あの、コーヒーを一つ……ブラックで、カフェインは抜きの……シナモンスティックを付けて下さい」
「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」
合言葉を知る男は不審者のような動きをした。
それもそうだろう。
彼の運命はこの店の奥にいる人物の手に委ねられているのだ。
犯罪組織から抜け出したい人間を手助けする組織のボス、ジュリアに。
ジュリアのしていることもまた法に照らせば悪となる。
だが世の中にハッカーとホワイトハッカーがいるように、彼女もそんな存在。
ジュリアは逃げて来た人間に社会上の死を与え、別のどこかで生まれ変わらせる。
新天地で、彼らは誰からも追われずに堂々とまともな生活を送り始めるのだ。
先程の若い男も、この店の奥で一度死ぬことになる。
きっといい人生がある。
俺の最後の賭けだって、大逆転だったろう?
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