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ジョージの日常
「なあ、頼むよ。付き合えよ?」
小銭を溜めてはカジノに通う日々。
彼はまたジュリアの姿を見つけると、トイレへの通路で壁に追い詰めた。
二枚目の男にそれをされたら「いいわよ」と言いたくもなるかもしれないが、ジョージのお世辞にもイケメンと言えない顔立ちではカジノで儲けるより難しいかもしれない。本人はそれを“チャーミング”と思っているのだが。
まっとうな職に就いていたのはいつだったか、男はもう思い出せない。
高校を辞めて食肉工場で働いたような記憶があるが、一週間で辞めた。いや三日だったか。父親は仕事のストレスで飲んだくれては泣いたり笑ったり。最期は天井からぶら下がっていた。母親も飲んだくれては男と遊び歩き、全財産を騙し取られて橋からダイブした。
ジョージもまたアルコールに溺れた。いくらクズ親だからって、あんな姿でぶら下がる父も、赤く潰れた母も見たくなんかなかった。
彼の手先だけは器用で、それを悪い方に活かした。
社会のつまはじき者に育てられ、社会のつまはじき者になった。
「あら、女の子の誘い方、ママに教えてもらわなかったの?」
「ママは誘わなくたってホイホイついて行くんだよ。なあいいだろ?」
ジョージは我慢できないのか、壁についた右手で彼女の腰を掴んだ。
ジュリアは「ふふっ」と意味有り気に笑うくせに、その手の皮をきゅっと摘まんだ。
「いでででっ」
「あなた鏡って知ってる? そこのトイレにもあるわよ。シャワー浴びて髪を整えて、髭剃って。洗濯した服を着て出直して来なさい?」
彼女はスっと彼の腕をすり抜けると、そのまま裏口から出ていってしまった。
「クソ……」
またカジノに戻りたかったが、もう今日の資金はない。
ジョージは未練がましく彼女の出ていった裏口をじっと見ていたが、カジノ客の男がトイレに来ると帰ることにした。その財布を拝借してから。
まともな仕事に就くつもりはない。学もないし、やる気もない。手に職と言えばこのスリの腕くらい。
今のところヘマだってしたことないんだ。
そのうち絶対でかい金を手にする。
「おいっ」
「すみません……」
彼は雑踏のすれ違い様によろけてぶつかって来た男に文句を言う。
なんだか憔悴した表情の男の財布を迷惑料として頂くと、コンビニでウィスキーを買って帰宅した。
「なんだ……宝くじ?」
帰宅後、ポケットにつっこんだ財布の中身を取り出すと、紙幣の間に宝くじを見つけた。明日が当選発表のやつだ。
「俺は趣味じゃねえのよ。並んだ数字を買ったってなんのスリルもないだろ」
宝くじの数字を指で弾くと、彼の美学によるものか、くしゃっと丸めてゴミ箱に放り投げた。コツンと弾かれ床に転がる様を見ながら、ウィスキーの瓶に口をつけぐいっと煽った。
その日その日の場当たり的な生活。
喉を流れる熱い液体は彼に一時的な幸福感と眠気を与えたが、酔いが醒めた後のことは何も保証してくれなかった。
こんな生活が続けられるわけないのはうっすら分かっている。だけど彼に“まともに生きる”方法を教えてくれる者は誰もいなかった。
カジノには夢がある。
絶対どこかでとんでもない富が手に入るはずなのだ。
彼にしてみればそれは来週か、もしかしたら明日かもしれないと予感させるものがある。
全く根拠のない妄想なのだが、生体サンプル並にアルコールに浸っている彼の脳みそがどれほど今の生活に危機感を覚えるかは未知数だった。
誰にも迷惑かけてないんだ。
何をしようと俺の勝手。どこで死んでも俺の自由。
彼は資金源がスリによるものなのも忘れて、本気でそう思っているようだった。
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