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山師
「クソ! すっからかんだ!」
ポーカーのテーブルにいた客が声を上げた男を見る。よれたジャケットの男は前髪をかき上げると「ショーじゃねえよ」と言ってバーカウンターに向かった。
「バーボン!」
ぐいっと一気に流し込んだ彼は、グラスを乱雑に置くと「もう一杯!」とバーテンに言い、すぐに舌打ちして「いらねえ」と言った。
もう小銭も持ち合わせがない。
離れた席にいた女が鼻で笑う。ムカつく女だな、とそいつの顔を見たが、男は急に態度を変えた。
とんでもない美人だ。
「たまたま幸運の女神が昼寝中だったんだよ」
「あらそう。じゃあその女神はもう一週間も寝てるのね」
女は男がこのカジノに入り浸りなのを知っているようだった。
興味の湧いた男が女の隣に座った。
「ジョージだ。なあ、俺に投資してみないか?」
また女が鼻で笑ったが今度はどうでもよかった。
「投資って言うのはね、信用がないと出来ないの。あなたはハイリスクノーリターンでしょ」
「なあ頼むよ。俺みたいな将来有望な賭博師なかなかいないぞ。女神が寝てるならあんたが女神になってくれよ。あーー」
「ジュリアよ。賭博師? せいぜい山師ね。 真面目に仕事を探しなさい」
彼女は妖艶な笑みでジョージの頬をひと撫ですると、バーテンに「もう一杯彼に」と言って去っていった。
「クソ、いい女だな」
差し出されたバーボンを一気に流し込む。
彼はその日の勝負は諦めると、夜の雑踏へと消えていった。
表向きはクラブ、裏では違法カジノ。
ジョージはそんな店で一攫千金を狙う山師。
“勝負事に強く二枚目で、今に大きな金を手にする”とは本人だけが思っていた。
ねぐらに帰る道すがら、明日の軍資金を得るのを忘れない。
夜でも多くの人が行き交うこの通りは、彼の絶好の稼ぎ場だった。
口笛を吹きながら、狙う相手を間違えず、素早く、的確に……
そう、目の前を歩いてくる優男なんていいな。
隣の女に気を取られてまるで無防備。
男は路地裏に入ると、すれ違いざまに失敬した財布の中身を抜き取り、外側はすぐに捨てた。
「なんだよ、女連れてるくせに湿気てるな」
彼はあと二人ほど被害者を出すと、道の奥にある古いアパートの一室へと帰って行った。
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