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翌朝の六時半。
赤いジャージ姿が、さくら公園の入口に現れた。
あいかわらず、すぐに発見できる見た目でありがたい。
ずんだも茶々丸に気づいたようで、尻尾を激しく振って、わん、とひと声鳴いた。
相馬と茶々丸がこちらに顔を向ける。
なにか言われる前に、美奈が先に口を開いた。
「うわ、すごい、ぐうぜん」
「うそつけ」
相馬が怒っていいのか、困っていいのか、わからないような表情になる。
相馬が真面目に茶々丸の散歩をしていると予想した待ち伏せは成功した。
次はどうして学校を休んでいるのかを聞こう。
「ええと」
切り出し方を迷っていると、相馬がその場にかがんで、茶々丸とにおいを嗅ぎ合っているずんだの頭を撫でた。
「うちのじーさん、死んじゃってさ」
「それは……ごしゅうしょうさまです。だから学校休んでたんだ」
「ああ」
相馬はずんだの頭を撫で続けている。犬の扱いは、だいぶ慣れたようだ。
「おれが死んだらおまえが飼えって、一番やっちゃダメなやつじゃね? 自分の寿命を考えろって話しだろ」
飼え、は茶々丸のことだろう。おじいさんは、はじめから茶々丸を相馬に譲るつもりだったのだ。
ずんだの横から茶々丸が頭を出し、相馬はそちらにも手を伸ばした。両手に柴状態だ。
「おまえのご主人、もういないんだ。わるいな。残ったのが俺で」
「相馬くんだっていいじゃん!」
自分で思ったよりも大きい声が出た。相馬が顔をあげる。
美奈は腹が立っていた。相馬の自己肯定感の低さに対して。そして、周囲から距離を置くことで自分を守るしかなかった、相馬の家庭環境に対して。
「茶々丸は、ちゃんと愛されて育てられたのがわかるよ」
美奈もしゃがんで茶々丸の背中を撫でる。
「おじいさんは茶々丸をちゃんと育ててくれた。相馬くんも、おじいさんに育てられたんでしょ? ちゃんと、育ててくれたんでしょ?」
相馬の顔がゆがみ、慌てたように袖で隠した。
「ばか、おまえ……泣くだろ」
相馬の異変を察知したのか、茶々丸は、その頬をぺろりと舐めた。
相馬が頭を撫ででやると、茶々丸は嬉しそうに尻尾を振った。
「チャチャ。おれたち、じーさんに育てられた仲間だな」
「相馬くんの弟だね」
「弟?」
相馬は、茶々丸のほっぺたを軽くつまむと、むにむにと揉んだ。
「そっか。なあ、安達」
「ん?」
「おれ、家族ができたよ」
いつも不機嫌か眠そうな相馬。
そんな彼から、はじめての笑顔を向けられた瞬間、美奈の目から涙がこぼれた。
「ははっ。安達が泣かなくてもよくね? 自爆じゃん」
「あはは。ねー、もう」
恥ずかしさに笑って誤魔化していると、ずんだが、まだ散歩に行かないのかとリードを引っ張りはじめた。
「わかったから。引っ張らないの」
美奈と相馬。ずんだと茶々丸がそろって歩きはじめる。
しばらく無言が続いたが、緊張したように相馬が口を開いた。
「安達、あのさ」
「ん?」
「明日も、一緒に散歩いかね?」
相馬の方を見ると、すこし顔が赤いように見える。
「うん。じゃあ」
また騒ぎはじめた胸の高鳴りを意識しながら、美奈は笑顔を浮かべた。
「明日、六時半にさくら公園で」
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